【再読】 桂望実『ボーイズ・ビー』 幻冬舎文庫
心の温まるお話が読みたい気分でしたので、本日はこちらの作品を。
何度読み返しても飽きない、好きな作品の一つです。
写真が上手く撮れませんでした。実際の表紙の色は、もう少し緑色が強めです。
以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。
頑固で偏屈な老人と素直な少年が出会い、だんだんと心を通わせていく物語。こうやって文字にすると若干陳腐に見えてしまうのですが、やはり何度読んでも感動します。
主人公の隼人は、母を亡くしたばかりの十二歳の少年です。
性格はやや内気で真面目、そして非常に聡明。人の感情の機微に敏感で、とても子供とは思えないほど周囲に対して気を遣って生活しています。
自分だってまだ母の死から立ち直ることができていないのに、六歳の弟・直也の手前、泣きたくても泣くことができず、兄として気丈に振る舞い続けています。
母の死を理解できず、母のいた病室に毎日のように入り浸る弟。星になったママは昼間どこにいるの?と無邪気に聞いてくる弟。そんな弟の不安定な姿を見て、なんとかしなくてはと奮闘する隼人は本当に良いお兄ちゃんなのですが、本人もまだ小学生ということもあって、やはり若干無理をしているように見えてしまいます。僕はお兄ちゃんなんだから、お兄ちゃんなんだから、と何度も自身に言い聞かせている姿はあまりにも痛々しいものです。両親が悪いわけではないのですが、死ぬ前の母から直也をお願いねと何度も言われたこと、父からも直也を頼むと期待されていることが重圧となっているようです。
二人の父・正和は消防士です。命懸けで人を助ける仕事をしていて、今までに十回も表彰されています。物静かで滅多に声を荒げず、家の中でもだらしない姿を見せない、という、傍から見ると少しとっつきにくそうな、隼人にとっては尊敬すべき、偉大な父親です。
この正和ですが、どうしても、父親らしさよりも仕事人間としての側面の方が目につきます。息子との談笑中にも時計を見て時間を気にしていたり。まあ、職業柄仕方のないことではあるのですが。
消防士として家を空けることが多い以上、父親として幼い弟の面倒を見てくれ、と兄の方に頼むのは別段おかしいことではありません。ですが、「頼むよ。パパの期待に応えてくれ。いいな」という言葉は、さすがに母を失ったばかりの小六の息子にかけるものとしてはちょっと無神経でした。
良い父親ではあるんですけどね。彼だって妻の死は悲しいでしょうし、仕事よりも子供達の傍にいてやりたいという気持ちもあるはずです。
ですが、何というか隼人が「良い息子」すぎるせいで、相対的に父親の株が下がっていきます。ひどい言い方をすると、隼人が我慢強くて聞き分けの良い性格なのをいいことに、それに頼り切っている、というように見えてしまうのです。確かに愛情深い人ではあります。息子たちのために、意識して父親らしく明るく振る舞ってみたり。ただ、それを隼人に見抜かれて、ああ無理してるな、と思われてしまうあたりが何とも言えませんが。まあ、そういう不器用さも含めて、愛すべき人だと思います。
父親にも直也にも気を遣って生活している隼人は息苦しそうです。本人が父のことも弟のことも心の底から愛しているのが分かるだけに、余計に、見ている方が辛くなります。栄造に会っていなければ、このまま自分一人で抱え込んで、いずれ潰れてしまっていたのではないでしょうか。
もう一人の主人公である栄造は、隼人が直也の絵画教室の付き添いで行ったアトリエで出会った、七十歳の靴職人です。
この作品は、隼人と栄造それぞれの視点が交互に描かれています。
よりエンタメ性が高いのは栄造視点のパートの方でしょうか。本人が前向きな性格なので、ポンポンと小気味よく物語が進んでいきます。
すすけた真っ赤なアルファロメオを乗りこなすお洒落なおじいさん、カッコいいですね。
ただ、中身は不良で口も態度も悪いです。掃除婦のおばさんをババア呼ばわりする口の悪さです。隼人に対しても、初期は仕事場にあるもん触ったら殺すぞと凄んだり、非常に大人気ない対応を取っていました。ちなみに、隼人への第一印象は「暗そうなガキだな。友達いないんじゃないか。」です。
容赦なく暴言を吐くため、アトリエの同居人たちからも「イタリアかぶれの偏屈ジジイ」と呼ばれて遠巻きにされています。本人の方も彼らと仲良くなろうという気は一切ありません。
性格には難があるものの、彼の靴造りの腕は超一流です。一足で四、五十万円もする靴なんて庶民の私には想像もつきません。見た目も良く、丈夫で、五年十年履き続けることができる、そんな靴を造ることが彼の仕事なのです。
靴を作れないのなら生きていく価値がない、と言うほどの根っからの靴職人ですから、当然、こだわりも強いです。気に入らない客、靴を大切にしない客は容赦なく追い出します。自分が造った革の靴底をゴムに張り替えた客には、二度と来るなとブチ切れました。
態度は悪いですが、自分の仕事に強い誇りを持っている姿は非常に素敵だと思います。
十五で靴工場に勤め、その後独立、それから何十年もの間靴を造りつづけながらも、今でも日々精進を怠らず、自分の造るものには決して妥協しないというその姿勢は、プロと呼ぶに相応しいものでしょう。というよりも、もはや芸術家です。「その客のための靴」という作品を「自分のため」に造っているように見えます。
そんな栄造ですが、物語開始時はスランプの真っ最中です。思うような靴が造れず、何が原因なのかも分からず、苛立っているところで隼人と出会います。
この二人の交流の見どころは、なんと言っても隼人に対する栄造のツンデレっぷりでしょう。
乱暴に接していたものの、母親を失ったと聞かされた時は動揺して言葉に詰まったり、恋愛相談をされて渋々アドバイスをしたり、そのアドバイスが役に立たなかったと言われて焦ったり、隼人によってペースを乱される栄造の姿は見ていて本当に微笑ましいです。
隼人の家庭の悩みにまで真剣に相談に乗ってくれるあたり、この人本当はかなり世話好きで子供好きなのでは?と思います。
口ではあんなガキ、と言いつつも隼人が来る前に部屋を掃除する姿にはほっこりしました。
そのうち作業場の冷蔵庫に隼人のおやつが常備されるようになり、最終的に、休みの日には隼人が栄造の自宅へ遊びに行くようになります。完全に祖父と孫ですね。
二人で直也のためにプリンを作る場面は、作中でも特に好きな部分です。これがきっかけとなって、アトリエの住民たちが栄造の靴造りに協力してくれるようになるわけですから、物語としても重要な場面ですね。徳永さんや料理人のワルターも良いキャラしています。そしてワルターの話に出てきた、手縫いで靴を造る八十歳の女性の先生、すごいですね。八十歳で手仕事ですか。
ワルターの話からヒントを得た栄造がスランプを克服し、イギリスのコンテストに送るための一足をついに完成させた、というところが物語の終わりの部分です。
アトリエ住民たちが開いてくれた完成記念パーティーで、なんだよこれは、別に祝うことじゃねえだろと思いつつ隼人と直也に挟まれてフライドポテトを摘んでいる栄造。内心とは裏腹に結構楽しそうです。
そしてその後、特別賞を受賞した際にもまたパーティーが開かれたようです。直接の描写はありませんが、その時の、アトリエ住民たちに囲まれて栄造が隼人や直也と一緒に映っている写真が、栄造の自宅に飾られている、というところで物語が終わります。良い終わり方です。
以上。
読み終わった後は、なんだか優しい気持ちになります。
望んでいた通り、良い感じに心が温かくなりました。栄造さんはやっぱり魅力的ですね。大好きです。
靴の製造に関しても、専門用語を使わず分かりやすい言葉で説明されているので、想像しやすく、靴の知識がなくても十分に楽しむことができます。
本日も良い読書時間を過ごすことができました。
それでは今日はこの辺で。