P.L.トラヴァース『風にのってきたメアリー・ポピンズ』 | 本の虫凪子の徘徊記録

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【再読】  P.L.トラヴァース『風にのってきたメアリー・ポピンズ』林容吉訳 岩波少年文庫

 

ふと目に留まったものですから、本日はこちらの作品を再読することにしました。

何度読んでもわくわくする、子供の頃から大好きな一冊です。

ちなみに映画版は一作も見たことがありません。機会があれば、とは思っているのですが。

 

以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。

 

舞台は桜町通り十七番地の小さな家、住んでいるのはご主人のバンクスさんとその奥さん、ジェインとマイケル、双子のジョンとバーバラの六人家族に、料理番のブリルばあや、女中のエレン、雑用係のロバートソン・アイの合わせて九名です。ここに新たな子供の世話役としてメアリー・ポピンズが加わります。

風に運ばれるようにして突然やって来たメアリー。
子供たちを尊大に眺めやり、まあ良いでしょうというように鼻を鳴らして、世話係の仕事を「おひきうけしました。」と言うのです。この場面だけで、彼女がどんな性格なのかが分かります。

原作を読んだことのない私の知人は、メアリー・ポピンズのことを「明るくて優しい、ちょっと不思議なお姉さん」だと思っていました。とんでもないです。もしかして映画版ではそういうふうに描かれているんでしょうか。
こちらのメアリーは、非常にうぬぼれやできつい性格の女性です。上品ぶって、気取っていて、はっきり言うと嫌な女です。子供好きとも思えませんし、なぜ彼女が世話係を自ら買って出たのか、未だに分かりません。世話係としての能力自体は申し分のないものなのですが。
他人への態度は、挨拶をしたら返してはくれる、という程度で、愛想がないというより最低限の礼儀しかありません。
ちなみに美人でもありません。つやつやした黒髪とキラキラ光る青い目は印象的ですが、痩せていて手足が大きく、目は小さく、木のオランダ人形に例えられる部分から肌は色黒だと思われます。あまり女性らしい風貌とは言えませんね。少なくとも、スタイル抜群の美女ではなさそうです。が、こういった特徴的な容姿も含めて彼女の魅力であり、美しいだけの女性よりもずっと想像しやすく、印象に残る気がします。

メアリーの態度としてよく使われる言葉は、「ふきげんそうに」「ばかにしたように」「見さげはてたというように」「けいべつしたように」「あざ笑うように」このあたりでしょうか。かなり問題のある性格です。そして不機嫌なときは、子供たちへの態度もより刺々しくなります。褒められたり気遣われたりするとちょっと態度が和らぐあたり、可愛らしいところもあるのですが。

そして、おしゃれが大好きで、ショウ・ウィンドウに映る自分の姿を見て悦に浸るのが趣味。どれくらいおしゃれ好きなのかというと、お気に入りのこうもり傘、柄がオウムの頭になっているデザインの傘を、雨も降っていないのに持って出ては、それを「だれの目にもつくように」注意しながら歩くほどです。見せびらかしたいのです。
お若い盛りとも見えませんが、と言われたら当然気を悪くするくせに、見え透いたお世辞を言われるのもそれはそれで嫌なようです。というか、気安く話しかけてくる相手が嫌なのかもしれません。

こんなメアリーですが、ただ冷たいばかりの女性ではありません。
お休みの日にマッチ売りのバートと一緒にいるときは、優しく気遣いのできる完璧なレディへと早変わりします。愛想も良く常ににこやかで、二人でお茶をする回だけはメアリーが別人のように見えます。こっちが素なんでしょうか。
それから、お気に入りの上等な手袋を星の子マイアに惜しげもなくあげてしまったり。あそこは身なりに気を使うメアリーだからこそ映えるシーンです。クリスマスプレゼントを貰えない子供なんてあってはならない、ということでしょうか。なんだかんだ子供には甘いんですよね。

そして、バートは一体何者なんでしょう。彼もメアリーと同種の、不思議の世界の住人なのか、そもそもメアリーとはどういう経緯で出会ったのか、彼に関しては多くが謎に包まれています。お茶の回以降ほとんど出てきませんし。

また、メアリーにはバートの他にも不思議な友人がたくさんいます。
北極のエスキモー、南国の部族、中国の大官、インディアン、そしていかにも魔女といった容貌のコリーおばさん。動物たちの間でもメアリー・ポピンズは有名人なようで、「あの人」と呼ばれてそれなりの敬意を払われています。
いえ、ハトたちからはそうでもありませんでしたね。お気に入りの帽子についているバラの花をハトに啄まれ、「肉パイにして焼いてやる!」とメアリーが傘を振り上げて怒るシーンがありました、そういえば。
動物園の王である賢く恐ろしいキング・コブラはメアリーの母のいとこだそうです。どういうことなのかよく分かりませんが、おそらくメアリーの不思議な能力は母親からの遺伝なのでしょう。牝牛のお話にも少しだけ登場していました。

主人公のメアリー・ポピンズの次に多く登場するのはジェインとマイケルの姉弟です。この二人の、賢いお姉ちゃんとわんぱくな弟の組み合わせというのはもちろん好きなのですが、私がお話として好きなのは、二人の登場しない「ジョンとバーバラの物語」ですね。
ジョンとバーバラ、ムクドリ、メアリー・ポピンズの会話がメインのお話です。

双子の赤ちゃんのジョンとバーバラは、今はムクドリや日の光の言葉が分かりますが、いつかはジェインやマイケルのように大きくなって、そういう不思議な力も失われることになります。
それを聞いて、「大すきなものを、みんな忘れなきゃならないんなら、歯なんて、ぼく、いらないや。」と泣き出すジョン。大きくなんてなりたくない、と泣く双子に対して、「だからって、どうにもしょうがないんですよ。そういうものなんだから。」と、彼女にしては珍しく思いやり深い様子で声をかけるメアリー・ポピンズ。彼女はなぜ、不思議な力を持ったまま大人になることができたのか、それは誰にも分かりません。蛇のいとこだという母親の素性にすらほとんど触れられず、作中ではただ、彼女は特別だ、ということしか明かされないのです。
他の人たちのようにはならない、動物や風や木の言葉も、絶対に忘れたりなんかしない、と言っていたジョンとバーバラも、結局は不思議の力を失ってしまい、最後にはただの無邪気な赤ん坊になってしまいました。もう、自分たちがそんな素晴らしい力を持っていたのだということすら忘れています。寂しいですね。いつも騒々しいムクドリが、友人を失ったことに傷ついている姿にも心が痛みます。

おとぎの国に行けるのは子供だけ、というのはピーターパンなどにも見られる、世の中の共通認識のようです。この作品内では、満一歳になるまでは誰もが風や鳥と話すことができた、というふうに語られています。
ムクドリやメアリーと当たり前のように会話をするジョンとバーバラは、大人たちよりもずっと強く、世界というものを全身で感じ取っていたのではないかと思います。私も、忘れてしまっただけで、昔はお日さまや風と会話することができていたのかもしれません。

そして物語の終わり、西風に乗って、来たときと同じように突然帰ってしまったメアリー・ポピンズ。
窓から行かないでと叫ぶジェインとマイケルの声に振り向きもせず、そのまま飛び去ってしまいました。
その後、大泣きする二人。マイケルが泣きながら母親に言い放った、「世界じゅうで、メアリー・ポピンズだけいれば、いいんだ!」という言葉が印象的です。
不思議ですよね、確かに優しいところもありましたが、マイケルにとってメアリー・ポピンズは一貫して「こわい人」という印象だったはずです。それでも、最後にはここまで言わせるのですから、それだけメアリーには不思議な魅力があったということでしょう。私も、初めて読んだ子供の頃はメアリーとの別れが辛くて二人と一緒に泣き、マイケルと同じように、メアリー・ポピンズさえいれば良いのに、と思いました。今読んでも、このメアリーが行ってしまう場面では少し悲しくなります。続きがあることは分かっていても、です。

彼女は本当に何者なんでしょう。魔法使い、というのも何だか違うような気がしますし、やはり「メアリー・ポピンズ」としか言いようがないのかもしれません。見た目も中身も、その不思議な力も全て含めて、形容し難い魅力を持った女性です。

 

懐かしい気持ちで読み返しました。やはり面白いですね。

このまま『帰ってきたメアリー・ポピンズ』へと続きたいところではありますが、生憎と今は手元にありません。

残念ですが、続編の再読はまた次の機会にします。

それでは今日はこの辺で。