【漫画】大和和紀『あさきゆめみし』6,7 | 本の虫凪子の徘徊記録

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【再読】  大和和紀『あさきゆめみし』 講談社漫画文庫

 

昨日に引き続き、『あさきゆめみし』を。

6,7巻は「宇治十帖」の内容です。

 

以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。

 

『第六巻』

主な登場人物は四名です。
薫と匂の宮、そして姉妹である宇治の姫君・大君と中の君。

主人公は光源氏の息子・薫。実際は女三の宮と柏木との間に生まれた、あの不義の子です。
根暗に見えるほど生真面目でお堅い性格でしたが、自身の生まれの秘密を知ってからは何かに吹っ切れたようで、少し明るくなります。物静かで控えめ、恋に対しても慎重で、大君とは本当にお似合いの二人でした。大君が死んでからは若干暴走気味になりますが、まあそれだけ彼女を想っていたということでしょう。でなければ真面目な彼が、人妻となった後の中の君に対してあんな思い切った行動をとるはずがありません。
体から放つ芳香のせいで、よく残り香から存在がバレます。昔から気になっているのですが、これ、一体どんな香りなんでしょうね。梅の花に例えられることが多いですが、生きた花のような甘やかな香りなのか、香の煙るような香りなのか。

そして親友の匂の宮。
明石の中宮の息子で、祖父である光源氏をリスペクトしているだけあって、恋多き男性です。性格は非常に明るい、というか、わんぱく坊主がそのまま大きくなったような、親王とも思えぬ軽薄さです。
色好みではありますが女であれば誰でもいいわけではなく、全てはただ一人の「理想の女性」を見つけるため、そのために多くの恋を重ねています。源氏と同じですね。遊び人というより恋に全力な人です。

この匂の宮と中の君の方は良いとして、薫と大君の恋は悲恋に終わりました。
大君は穏やかで心優しい側面が強調されていますが、特筆すべきは薫の求愛を頑なに拒み続ける、その意志の強さの方だと思います。男からしたら無情に思えるであろうほどの頑なさです。実際は、彼女も薫を憎からず思っていたわけですが。
印象深いのは、寝所に忍んできた薫に対して、咄嗟に妹を身代わりにする場面。あれはさすがに、ちょっとひどかったと思います。彼女なりに考えあっての行動なのだとしても、薫と妹の双方の気持ちを踏みにじる行いであったことには変わりありません。結局、薫が中の君とふしどを共にすることはありませんでしたが、二人の心は傷つき、大君自身も傷つきました。なんだか彼女の優しさは周囲を傷つけてばかりです。彼女の献身は終始美しいものですが、若干空回っていたように思えてなりません。
妹の幸せや先の長くない自分の命を考えて薫を拒み続けているのだと分かっていても、やはり見ている側からするともどかしいものです。そして結局、薫と添うことなく死んでしまいます。もっと自分の幸せについて考えても良かったのではないか、と思ってしまいます。優しい人だからこそ、彼女にも幸せになって欲しかったです。

中の君の方は、紆余曲折ありつつも匂の宮と結ばれ、最終的には京で不自由なく生活しています。中宮からも認められ、男児を出産した際には多くの人からの祝福を受け、まあ幸せなのではないでしょうか。
見た目は大君よりも彼女の方が好みですね。特に匂の宮と一夜を共にして以降の彼女は、表情に艶っぽさが出ていてより美人。
シーンとしては、彼女が住み慣れた宇治を離れて京へと移るときに、道のけわしさに目を留め、匂の宮たちはこんな中を自分の元まで通っていたのだ、とはっとするところが好きです。山奥ですからね。こんな風に人の苦労というか、努力というか、そういったものをごく自然に察することのできる人は素敵だと思います。

終盤では大君に瓜二つの異母妹・浮舟が登場し、彼女の存在を薫が知ったところで巻が終わりました。浮舟に失った恋人の姿を重ね、驚喜する薫。さあここから浮舟の不幸が始まります。

前作の登場人物の中で、今作でも比較的多く描写されるのは夕霧と明石の中宮、冷泉院くらいでしょうか。光源氏の予言の子三人です。夕霧は落ち着いた大人の男性になり、中宮も威厳ある国母の風格です。冷泉院は感情の起伏が少なく、美貌も相まって人間味がほとんど感じられません。同じ顔の夕霧はまだ表情豊かな方です。それから主人公の実父である柏木も、主に夕霧の回想でたびたび登場します。

夕霧は落ち葉の宮とも雲居の雁とも上手くいっているようで何よりです。娘の結婚に頭を悩ませている姿が印象的でした。嫁入りを打診した匂の宮や薫は、二人して宇治の姫君たちに夢中。それに機嫌を損ねて、うちの娘の何が不満だ、とぼやいている姿が父親らしくて微笑ましかったです。最終的には匂の宮と結婚させましたが。

それから、真木柱の君も綺麗な女性になりましたね。玉鬘が嫁いだひげ黒と前妻の娘です。今は亡き柏木の弟、紅梅の大納言と結婚して幸せに暮らしています。この子も実は結構好きなキャラクターです。

 

 

『第七巻』

この巻の主人公は浮舟でしょう。
おっとりとした可憐な女性です。

母親の常陸殿は良いキャラクターですね。若干ギャグキャラ寄りの造形なので、作者も動かしやすそうです。娘思いの良い母親です。

また、中の君は姉の存命時はまだ子供っぽさを残した明るい姫君でしたが、今はしっとりとした色香があり、物腰も経産婦らしく落ち着いています。結局、彼女も匂の宮が探し求めていた理想の女性ではなかったようで、彼の浮気に悩まされているようです。
 
浮舟は薫に見初められますが、その後匂の宮と出会ってしまったことで彼とも関係を持つことに。
重々しく気品のある薫と、明るく打ちとけやすい匂の宮との間で揺れる浮舟。浮舟から見た二人の印象が面白いですね。親王である匂の宮より家臣である薫の方が高貴に見えるとは。中宮が産んだどの子たちよりも気品で勝っている、とは幼い頃の薫を見た夕霧の言ですが、やはり母である女三の宮の血なのでしょうか。

浮舟は意志の弱い、流されやすい女ではあるのですが、この作品では彼女が罪悪感に苦しみ二人の間で悩む姿が丁寧に描かれているため、原作の「宇治十帖」よりもずっと魅力的に見えます。川に身を投げるまでに思いつめる様子は、あまりにも痛々しい。結局死ぬことはできませんでしたが、その後、出家して尼となります。
自分を探す薫に対して、会わないという選択をとったのは正しかったと思います。彼女の性質上、会えばきっとまた流されてしまうでしょう。
最後の、法衣を纏い宇治川を見据える立ち姿は美しかったです。

浮舟が死んだと聞いたときの、男二人の涙も印象的でした。その後、心にぽっかりと穴の空いたような二人の様子から、真実浮舟を愛していたのだということが窺えます。
薫がはっきりと、大君の身代わりとしてではなく浮舟自身を愛していたのだと気がつく場面、ここは重要なポイントですね。私はこの作品を知るまで浮舟は形代にすぎないと思っていたので、こういう形で彼女が救われたのは良かったと思います。
 

 

以上。宇治十帖の方が登場人物が少ない分、より読みやすいのではないでしょうか。

個人的に、物語として複雑で面白いのは源氏物語の方で、こちらは洗練されて小奇麗に纏まっている、といった印象を受けます。どちらもそれぞれに良いものですが、やはり私としては朧月夜のいる本編の方が捨てがたいです。情熱的な彼女なら仮に浮舟の立場になっても楽しんでいそうですね。

最後に光源氏が神の如く現れて浮舟に語りかけるシーンは、良いシーンなのですがちょっと面白くもあります。あまりにも神々しい姿でした。

 

本編と合わせて全七巻。画も、使われる言葉も美しく、平安時代の雅やかな雰囲気の中に浸ることができます。

さすが傑作と言われるだけのことはあり、何度も読み返したくなる作品です。

それでは今日はこの辺で。