草野たき『ハチミツドロップス』 | 本の虫凪子の徘徊記録

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【再読】  草野たき『ハチミツドロップス』 講談社文庫

 

久しぶりに再読。

高校生の話だと思い込んでいたのですが、途中で中学校が舞台だということに気がつきました。記憶違いですね。

主人公は中学三年生でした。

 

以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。

 

女子ソフトボール部の部員たちが、更衣室で駄弁っているところから始まります。

このソフトボール部ですが、運動部とは名ばかりで、集まってはお菓子を食べたりお喋りしているだけのだらけきった部活です。練習も真面目にしない、試合にも不参加、というやる気のなさから「ドロップアウト集団のくせに、部活の甘くておいしいとこだけを味わってるやつら」、通称「ハチミツドロップス」と呼ばれています。なかなか気の利いた蔑称だと思います。

主人公のカズはキャプテンですが、当然真剣に部活動をしようなどという気は一切ありません。というか、そもそもソフトボールにそれほど興味がないようです。さすがにルールくらいは把握していると思いますが。

 

お調子者で、やかましくて、彼氏の直斗のことで頭がいっぱいで、ちょっとおバカ、カズはそんな中学三年生の女の子です。常にハイテンションなので、現実で出会ったら少し付き合いづらい相手かもしれません。

ただ、彼女は空気が読めないわけではなく、空気を読んだうえであえて明るく振舞っているタイプの子です。シリアスな雰囲気が苦手なので、相手が暗い顔をしているときほど、意識して「カズらしく」はしゃいでみせます。空気を読むことにはむしろ長けていて、電話越しでもすぐに相手の機嫌が悪いことを察知できるほど。それでもいつも通りに明るく振舞い、電話を切った後でどっと疲れる姿がリアルです。

そして直斗に対しては本当に一途。電話する前には、緊張して話が途切れたりしないように話題をいくつかメモしておいたり、自分はコーヒーが苦手でも彼に合わせて何度もデートでスタバに行ったり。スタバの店内で、コーヒーの匂いを嗅がないよう口呼吸するカズ、健気です。まあその後、振られてしまうわけですが。

 

直斗に別の好きな子ができてしまった以上、もうカズがどれだけ彼のことを好きでも、どうしようもありませんよね。残酷ですが、仕方がない。気持ちが無いまま付き合い続けてもどちらも幸せにはなれませんし、はっきりと別れを告げた直斗はまだ誠実だったと思います。カズといて楽しかったのは本当でしょうが、恋愛感情としては弱すぎたようです。

そして、振られた時ですら明るくおどけてみせるカズ。直斗の罪悪感を減らすため、というよりは自分の心を守るためでしょう。空元気で喋り続ける姿がとにかく見ていて痛々しかったです。手を振って笑顔で別れ、一人になった途端ベンチにへたり込んでしまうカズ。吹きつける冷たい風の中、「よくやった、カズ」と呟く姿が哀れみを誘います。

直斗と別れたことに対して、友達にも家族にも同情されたくない、と思っているあたり、彼女はプライドが高いのかもしれません。

 

失恋の後は、やる気のある一年に部活を乗っ取られ、「ハチミツドロップス」という居場所まで失ってしまうという踏んだり蹴ったりな展開に。その「やる気のある一年」の筆頭は妹のチカちゃんです。チカちゃんは姉のカズに対してもほとんど関心を示さない、クールで真面目なキャラクターとして描かれています。

今さら真面目に練習なんてやってられるか、とさっさと去って行った他メンバーに対して、一人残った矢部さんが好印象を残しました。彼女はソフトボール自体が好きな、素直で良い後輩です。終盤で彼氏持ちであることが判明しました。ちなみにソフトボール自体はそんなに上手くありません。練習頑張れ。

 

そして「ハチミツドロップス」解散後の他三名それぞれの様子。

生意気な後輩・田辺さんはカズを遊びに誘います。ナンパされるのが目的なので当然かもしれませんが、女を前面に出したコーディネートに、メイクもガッツリ、中学生とは思えぬ挑発的な格好で渋谷を闊歩します。あまりの品の無さに言葉を失うカズ。中二ということは、田辺さん、まだ十四歳くらいですよね?確かにダサいかもしれませんが、私はカズのシャツとジーンズの組み合わせくらいが年相応だと思います。

この二人は、楽しそうに喋っていたかと思えば突然不機嫌になったりと情緒不安定な田辺さんに対し、連れ回されているカズの方は終始冷めているのが印象的でした。この時点で、「カズらしく」振る舞うことにだいぶ疲れてきているようです。

 

真樹に関しては、当人よりも、彼女にぞっこんな三田村の方がより強調されて描かれているように感じました。坂本龍馬ファンの真樹に好かれるため、髪を伸ばしたりブーツを履いてみる三田村。そしてそんな彼の努力を嘲笑いつつ、良いように使っている真樹。高身長で顔も悪くない三田村に対し、真樹の方は太っていて美人でもない、というのも面白い点です。

三田村の一途さを自分と重ね、思わず真樹を責めてしまうカズの気持ちはよく分かります。でもカズ、三田村はバカだし、真樹も何だかんだ相手してあげてるし、その二人は意外と上手いことやってるから放っておいて良いと思いますよ。

 

最後の一人、クールで毒舌な高橋は、家庭教師に失恋して不登校に。強がって失恋の痛みを誤魔化そうとする姿が精神的に不安定なカズのカンに障り、言い合いになってしまいます。ここ、作中で一番好きな場面です。高橋の部屋で大泣きする二人、良いですね。それぞれ「カズらしく」「高橋らしく」振る舞うことで本心を隠し続けていたこと、それがお互いの間に壁を作っていたことにカズが気づく、重要な場面です。

 

旧女子ソフトボール部「ハチミツドロップス」は、それぞれが表面的に「自分らしく」振る舞うことで成り立っていた場です。そこでは悩みも全て、くだらないお喋りの中で笑い飛ばすことができました。その場がなくなってしまった以上、これからはそれぞれの悩みはそれぞれで受け止めて解決しなくてはいけません。

居心地の良い「ハチミツドロップス」を返して欲しいとカズに訴える田辺さんの気持ちも理解できます。ですが、人生には真剣さも必要なのです。気楽さだけで生きていけるほど、世の中は甘くはありません。今はそれを受け入れることができない田辺さんも、もう少し大人になれば自然と現実を見ることができるようになるでしょう。

 

最後、直斗に本当は振られて辛かったのだと伝えるカズ。成長しました。

自分の在り方について悩んで、迷って、最終的にはその悩みに答えを出すことができた彼女は立派だと思います。「カズらしさ」を演じることで心を擦り減らしていく彼女の姿は見ていて辛いものがありましたし、ほんの少しでも、カズが自分を偽らずに生きられるようになったのは良かったと思っています。

 

それから、カズの家族について。

娘二人が気を遣う原因となっているのは、父親の無頓着さと母親の不安定さでしょう。物語自体がカズの目線から描かれているから、というのもあるでしょうが、この二人の親らしい部分があまり見られず、カズやチカちゃんが家庭を保つため頑張っている様子が多いためなおさら、両親はもっとしっかりして、と思ってしまいました。まあ、この二人は置いておくとして、印象深いのはやはり妹のチカちゃんでしょうか。魅力的なキャラクターです。

自分の本心を偽ることに器用すぎたカズと、冷静で、傍目には姉よりよほどしっかり者に見えるけれど、実際は不器用でどうしようもなく「妹」なチカちゃんとの対比は非常に面白かったです。母親には通じるカズの演技も、チカちゃんにだけは見抜かれています。

ラストシーン、ソフトボールの試合の場面。ホームベースに走り込んでセーフをコールされた後、カズを見て思わず抱きついてしまうチカちゃん。「怖かった、駄目かと思った……」。このシーンのチカちゃんは完全に「妹」でした。私にも同じように2歳年下の妹がいるせいか、チカちゃん可愛いという感想しか出てきませんでした。普段生意気なくせに、こういうところがあるから憎めないんですよね、妹って。

 

 

かなり久しぶりに読み返した作品でした。

思春期の女の子の移ろいやすい心情が分かりやすく描かれており、すらすらと一息に読むことができます。良い作品でした。

 

ドロップス繋がりでサクマドロップスの広告を入れてみました。私はサクマドロップスと聞いたらこの赤と白の缶を一番に連想します。緑色のや、節子のイラストが描いてあるものではなく。

これの特有の粉っぽさが好きで、よく親にねだって買って貰った記憶があります。妹とハッカ味を取り合いました。そしてもちろん、最後は水を入れて飲みます。懐かしいです。

それでは、今日はこの辺で。