どうせお前にはわからないっていう優越感ってあるよね。
自分がすごく可哀想な気がして、誰かに愚痴りたくなるときあるじゃない。でも愚痴る相手は選ばないとさ、そんなときに限って、同情すると見せかけて、自分の方がもっと可哀想なのに!って乗っかってくるひといるじゃない。いいんだけどさー、そうやってあとから悲劇のヒロインのごとく自慢して、べつに可哀想でもなんでもなかったときって恥ずかしくないのかな…?どっちが可哀想とか比べるだけ無駄じゃないの。
親戚に、今仕事が忙しいって話をしたら、自分だって共働き夫婦に育てられてどっか遊びに連れて行ってもらったことないとか、寂しい思いをしたとか言い始めたんだよね。いや、私はそんなん興味ないんですけど…。っていうか、気の毒だとは思うけど、そんな話されても、私に共働き夫婦に育てられた苦労なんかわかるわけがないんだよなあ…。共働きしようがないし、夫婦に育てられたわけでもないし。子供の頃に遊びに連れて行ってもらったことがないことがいつまでも根に持つようなことなの?仕方が無いことじゃん。
て思って聞いてたら、私が母子家庭で育ったことを思い出してくれたみたいで、一瞬同情したような顔したようですけどね。なんだろう、その蔑んでる感。切り替え早いね。まあ、そんくらい図々しくないと世の中渡っていけないんだろうね。
自分はひとと同じように父親も母親もいるのに、なんで○○ちゃんのお父さんは遊んでくれて、うちのお父さんは仕事ばっかりで遊んでくれないんだろう、みたいな感じでしょ?あのさー、いちいち他人に興味を持って、他人と比べるから苦しむんだよ。なまじっか何か持ってるばっかりに。だからさ、そういうときのために、人は人、自分は自分っていう都合のいい言葉が世の中にはあるんじゃん。始めからないものなら、別に要らないじゃない。そういうとひねくれてるみたいに言われるけどね。
いちいち煩いよね。関係ないよね。べつにあんたのために生きてるわけじゃないんだから、どうでもいいでしょ。私のことが手に余るからってケチつけてんじゃねえよ