親を悲しませて後悔したことありますか。

「生まれてきたこと」



実際端的に言えばそうでも、逆に、言えば親を悲しませるんだろうなぁ(笑)っていうか、私に親らしく悲しんで見せる機会を与えてるともいえるわけで。悲しませてごめんなさい。そんなつもりはなかったんだけど。そう、親の愛情を試したかったんです。後悔してるの。それもそういうパフォーマンスかもね。

そういうのって茶番だね。子どもの頃にふと思った思い付きに、私は一生振り回される。

悲しんでる?どうせ親の本心だって分かりゃしないんだ。一番近い他人だから。

後悔なんてしないんだ。それもおかしな話。

でもそういうことでしか血縁を感じられない人もいるんだね……。



そしてこれは、そんな茶番を演じる機会を自ら放棄した父親という法的にも赤の他人の男のための茶番。

観客がいない狂った舞台。

悲しむんじゃなく、生涯苦しめばいいのに。それでも私の一生よりは短いのだから。

苦しむべき人を苦しめるまでは、私は生まれてきたことを悔やみはしない。


そういう風に生きてきてそういう風にしか生きられない。自分で自分を呪って、誰か呪いを解いてくれませんか?と。



子どもにとって
親が親として存在してるのも奇跡なんです。

その人の子として生まれてきたのも。

親が年を取って親としての役割を果たせなくなっても、死ぬまでは親でいること。それを約束しなくても果たされることも


当たり前のことが当たり前なのが、当たり前ではない。
いいかわるいかは別として。

それを身をもって知る為だけに生まれて死ぬ