豆さんごはん
暖かい日差しに少しずつ春の訪れを感じます。この頃は、キヌサヤやスナップエンドウなど、
さまざまな豆さんが店頭に並び、その鮮やかなグリーンが目にまぶしく、心浮き立つ
思いがします。エンドウ豆を見つけると、もう豆さんご飯の季節やなぁ、とうれしくなります。
小学校低学年の頃です。わたしには年の離れた兄がおり、大学生になった兄が、
京都に下宿することになりました。大屋さんにご挨拶に行くという母は、長い時間家を
空けるのが気がかりだったようで、わたしも一緒に連れて行ってくれることになりました。
わたしの家から京都までは電車を乗り継ぎ乗り継ぎ、2時間以上かかりました。
見知らぬ駅や初めて乗る『特急』電車に大興奮でしたが、そのうちに元気がなくなっていき…
長時間の電車移動で、わたしはすっかり乗り物酔いをしてしまったようです。
そんなわたしを、母はなんとか元気づけようと、「ほら、鴨川やで。シラサギがいてるで。」
と声をかけるのですが、それに応えることもできず、ただ早く京都に着いてほしいと願う
ばかりでした。当時の京阪電車は鴨川に沿って走っていたので、今思うと、もっと車窓を
楽しむ余裕があったらよかったのにと残念です。
やっとの思いで兄の下宿先に到着。「今日は、賢(かしこ)ぉしときや」と母に言われてましたが、
はしゃぐ余裕などなく、お行儀よくおとなしくしていました。母がご挨拶をしている間ぼんやりと
待っていると、「遠いとこ、疲れはったでしょ。よかったらどうぞ」と大屋さんの奥さんが、
なにか母に渡していました。それは、炊きたてのご飯で、丸いグリーンのお豆が入って
いました。温かい湯気でふんわりとお豆の香りが漂い、ほんのりと塩味がしました。
わたしが「このご飯、おいしいなぁ」と言うと、ほっとした母。口数の少なくなっていたわたしを
心配していたようです。「これ、豆さんごはん言うんやで。あんた、好きかいな。ほんなら、
また作るわな」と、うれしそうでした。
「豆さんごはんて言うんか。おいしいな、豆さんごはん。」くたくたに疲れていたわたしは、
豆さんご飯ですっかり元気を取り戻しました。
エンドウ豆のさやをむくと、まるまるとした豆さんが行儀よく並んでいて、見る度わたしは
笑顔になります。
元気をくれてありがとう。今年も、おいしくいただきます。
illustration by naggy