荒ぶる川・荒川沿いの歴史スポットとパナマ運河の工事に参加した技師がてがけた水門を巡る旅 | 出張ビジネスセミナー講師 永嶋信晴のブログ

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地方銀行に約十年間勤務した後、各種業務代行会社を設立し独立。ビジネス便利屋として、中小企業や病院などの営業企画、運営などをサポートしています。

最近はこれまでの経験を生かして出張ビジネスセミナーの講師もはじめました。

こんにちは。

 

本日は、久しぶりにおもしろ歴史ウォーキング 東京編2​​​」からのネタです。

 

 

 

東京といっても、高層ビルや下町の商店街などの景観だけではありませぬ。壮大な川や水門、地方都市を思わせる神社仏閣と民家のコラボも景観も楽しめるのですよ。

 

…ということで、今回、ご紹介するのは、第7章の『 荒ぶる川・荒川沿いの歴史スポットとパナマ運河の工事に参加した技師がてがけた水門を巡る旅  東京都北区 』

 

諸事情があって、冒頭の部分だけですが…。

 

それでも、普通のブログの記事としては多いかも。

 

すべての記事は、こちらですよ。

 

是非、本書もご覧いただければ幸いです。

 

1.荒川のほとりには、歴史・風俗のある神社仏閣がいっぱい

 

今回は、東京都北区を歩きます。北区は、地下鉄南北線の開通とともに、神奈川や城南地区から一本で行ける場所になりました。

日光御成道とも呼ばれる岩槻街道・岩淵宿があった場所で、古い神社仏閣はもちろん雄大な水辺の景観も楽しめるのですよ。久しぶりに、雄大な川の景観を眺めて、パワーをもらおうと思ったのです。

 

ウォーキングのスタートはメトロ南北線志茂駅。志茂(しも)とは面白い地名だと思って調べてみたら、荒川の渡し場があった岩淵宿の下流に位置しているからという説がありました。下(しも)が志茂になったのですね。事実、近くに「上」、後に「加美(かみ)」と呼ばれる地名もあったそうですよ。

 

それはともかく、下町の面影の志茂銀座商店街を歩き、最初の目的地・西蓮寺へ向かいます。

 

 

 

境内は掃除が行き届いており、心が洗われる気分になりました。やはり、身の回りを清潔にしておくことは大切なのだと実感。帰ってから、散らかり放題の部屋を片付けねばと思った次第です。

 

 

 

歴史あるお寺で、鎌倉時代初期や室町時代の仏像が安置されているそうですね。

 

しばらく歩き、川のほとりに神社を見つけました。ここは熊野神社。

 

 

 

かつての下村(現在の志茂)の鎮守だそうな。現在のコンクリートの本殿は昭和43年に改築されたもの。隣にある古い社殿は、旧本殿で、文政5年(1822)に造られたらしい。

 

 

 

この神社には、「白酒祭」という珍しい神事が伝えられているそうなんですよ。毎年2月に、総代たちが弓矢で、直径1.8メートルの「鬼」と書かれた的を射抜き、その年の吉凶を占うとのこと。

 

その後に白酒(甘酒)と短冊形の切り餅が参拝者にふるまわれるとか。23区でこのような神事がずっと続いているのは珍しいですね。ちなみに、北区の無形民俗文化財(風俗慣習)に指定されているそうですよ。

 

2.パナマ運河の工事に参加した技師がてがけた旧岩淵水門

 

熊野神社から新河岸川にかかる志茂橋をわたって荒川治水資料館を見学します。ここは、荒川について多面的に知ることができる資料館で、3階はギャラリー、2階は常設・企画展示とライブラリー。1階には、荒川に生息する魚類が見られる水槽などがありました。

 

資料館を出て、荒川の河川敷に出ると、巨大な赤い建造物が…。

 

 

 

これが、旧岩淵水門ですか。荒川はかつて、度々大水害を起こしたそうで、とくに明治43年の大水害は被害が大きかったらしい。荒川のネーミングの由来は、荒ぶる川だからだそうですからね。

 

そこで、荒川放水路(現荒川)の開削と、隅田川への流量調節のための水門建設が急務になったのですか。難工事の末、岩淵水門は大正13年、荒川放水路は昭和6年に完成。

 

 

 

完成には、パナマ運河工事に参加した主任技師・青山士の尽力が大きかったと、さきほど見た荒川治水資料館では伝えていました。ちなみに、平成11年に東京都選定歴史的建造物に指定されたそうですね。

 

水門は歩行者や自転車が渡れる橋として解放されており、近くで見るとその大きさが実感できます。

 

荒川の中に浮かぶ小島のような水門公園からの眺めは素晴らしかったです。

 

 

 

水門公園から下流を眺めると、これまた巨大な青い橋が…。

 

 

 

これは、新岩淵水門と言って、昭和57年に新たに作られた水門。現在は、こちらが荒川と隅田川とを仕切る水門としての役目を引き継いでいるのですな。こちらも近くで見ようと、河川敷をテクテク歩きます。

 

この辺りは、荒川と隅田川、新河岸川の分岐点。荒川上流からの流量が増えたら岩淵水門を閉め切って、隅田川の洪水を防ぐらしい。

 

 

 

昭和の水門は、大正の水門よりさらに巨大で迫力がありました。

 

3.鉄道ファンに人気の神社がある

 

河川敷を上流に向けテクテク歩き、岩淵橋を渡って市街地へと戻ります。

 

北本通りには、23区唯一の造り酒屋という小山酒造。そのすぐ近くに正光寺がありました。

 

 

 

境内には高さ10メートルの青銅製の聖観音菩薩像が立っています。青空をバックに神々しさを感じますね。

 

 

 

JRの高架の下を通り、左手の小高い丘を目指して登って行くと立派な神社がありました。ここは、赤羽八幡神社。

 

 

 

奈良時代、坂上田村麻呂が東征の途中で陣を張り、勧請したのがはじまりと言われる由緒ある神社なのですな。「勝負事の神」としてスポーツ選手や受験生の参詣が多いとのこと。

 

この神社はそれだけではなく、鉄ちゃん御用達の神社としても有名らしい。

 

 

(以下、「おもしろ歴史ウォーキング 東京編2」に続く)

 

このあと、境内の展望スポットから、東北・上越新幹線、京浜東北、東北本線、埼京線などの電車が引きも切らず走っている姿を眺めました。

 

 

 

鉄ちゃんでなくても、さまざまな色や形の車両が目の前を通り過ぎていく光景は楽しかったです。

 

ほかにも、都会の真ん中で、山里の風景が楽しめる赤羽自然観察公園の古民家など、見どころが目白押し!

 

東京の歴史ウォーキングの醍醐味が味わえる続きは、是非、​​こちら​​をご覧いただければ幸いです。

 

​​おもしろ歴史ウォーキング 東京編2​​

 

 

 

(参考)

目次より
 

第7章 荒ぶる川・荒川沿いの歴史スポットとパナマ運河の工事に参加した技師が手掛けた水門を巡る旅 東京都北区
1.荒川のほとりには、歴史・風俗のある神社仏閣がいっぱい
2.パナマ運河の工事に参加した技師がてがけた旧岩淵水門
3.鉄道ファンに人気の神社がある
4.都会の真ん中で、山里の風景が楽しめる赤羽自然観察公園