ガーシュウィン:歌劇「ポーギーとベス」(全曲)/SMJ

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 かなり久しぶりの更新となってしまった。

 言い訳になるが、こう暑くては超ど級のオーケストラ音楽なんて聞いていられないのだ。弦楽四重奏や小編成アンサンブルの音楽に逃げようとするが、クラシック音楽はどうしても内省的な重い音楽が多い。「風立ちぬ」もみたし、ついついユーミンの涼しい風の吹くような音楽を、風鈴がわりにiTunesで流したくもなる。最近ようやく涼しくなってきたので、再びクラシック音楽へと足が向き始めたのだ。

 今日紹介するのはアーノンクールによるガーシュウィンの「ポーギーとベス」だ。古楽界の重鎮であるアーノンクールがガーシュウィン!?と驚かれる人も多いだろう。確かにアーノンクールは古楽のみならず古典、ロマン派の音楽でも数々の名演を残しレパートリーは広い指揮者といえるだろう。ブルックナーやドヴォルザーク、バルトークなどの演奏をきいてみてほしい。どれも超一級の名演だ。しかし今回はガーシュウィン、つまりはジャズである。古楽畑を歩いてきたアーノンクールと、クラシック音楽と対極にあるジャズの大家ガーシュウィンとがどう融合するか楽しみではないか。

 このアルバムからはバーンスタインによるガーシュウィンのようにスウィングのきかせたジャズ的クラシック音楽をきくことはできない。アーノンクールはガーシュウィンをあくまでもジャズとしてではなく、「シンフォニック」ジャズ、つまりはクラシック音楽寄りに演奏している。そこにジャズ的な遊びや自由奔放な要素をさほど多く感じることはできない。

 だからといって、このアルバムが悪いというわけではない。さすがアーノンクールというべきか、ヨーロッパ的な高貴さが演奏から薫っているように思える。アーノンクールがガーシュウィンにシンパシーを感じていたとしても生粋のウィーン子であるアーノンクールが無理をしてアメリカ的なジャズのリズムに自らを合わせるはずがない。アーノンクールは自らの軸をずらすことなく見事にクラシック音楽的にガーシュウィンをならしてみせたのだ。これは当たり前のようで難しい。規則的なリズムのガーシュウィンほどつまらないものはないからだ。クラシック音楽的な規則的なリズムにのっとりながらも、演奏に躍動感をつけることによって音楽に活力を与えている。

 アルノルト・シェーンベルク合唱団の歌声もいい。合唱ファンにうれしいことは、オペラにしては合唱パートが多いことだ。ガーシュウィンが合唱音楽を多く残さなかったことは合唱レパートリーにとって痛恨の痛手だったかもしれないが、ここで存分に堪能することができる。

 ガーシュウィンのクラシックレパートリーはあまり多くない。しかし寡作だからこそどれも珠玉の曲ばかりだ。ガーシュウィンの「ポーギーとベス」はそれほど名演にめぐまれてこなかったようにも思える。ガーシュウィンを初めて味わう人にはやはりバーンスタインをおすすめしたいが、オーケストラ音楽としてガーシュウィンを楽しみたいのであれば、ヨーロッパ音楽とは何か知り抜いているアーノンクール盤をぜひともきいていただきたいのである。