Schuricht:Concert Hall Recordings/Scribendum

¥5,125
Amazon.co.jp

 scribendumレーベルから発売されたシューリヒトの「コンサート・ホール・ソサエティ」という10枚組ボックスを購入した。

 このボックスはLP時代に通販というかたちのみで流通していたシューリヒトの音源をまとめたボックスだ。シューリヒトには貴重なステレオ録音であることも目玉で、HMVの宣伝曰く「復刻には、EMIエンジニアのイアン・ジョーンズ氏が起用され、ARTシステムによるリマスタリングで、可能な限りの音質改善をおこなった」そうだ。レーベル側の力の入れようが伺える。シューリヒトファンには必携のボックスと言える。

 音楽評論家宇野功芳の「シューリヒトは、真の芸術を理解しうる少数の人々にだけ敬愛された」という文言を見て以来、それなら理解してやろうじゃないかと思い、しばしば彼のアルバムを手に取る。だけど、彼の良さを掴むまでにはまだ至っていない。確かにEMIのウィーンフィルとのブルックナーの8番と9番の録音は問答無用に素晴らしい。だが、他のアルバムを聴いても、正直ピンとこないのだ。素晴らしいのはわかるが、どうも雲を掴むようで捉えどころがない。

 僕は単に彼を否定しようとしているのではない。僕が言いたいのは、彼の境地はそう簡単に理解したと言えるほど生易しいものではない、ということだ。吉田秀和はシューリヒトを「こちらの経験が豊かだと、それに応じて、楽しみの多様性と深みが増すのである」と評している。シューリヒトが「玄人好み」と言われるゆえんだ。彼の良さを感じ取る為には、ある程度のレベルが聴き手に要求される。

 僕はシューリヒトを聴くたびに、他の指揮者と一線を画すその音楽的なおもしろさに惹かれながらも、どこか畏れを感じているように思える。聴くたびに音楽的な発見があり、底が見えず、その存在の大きさに驚かされる。それを言葉にすることは難しい。宇野功芳は彼を評する際に「自然」というモチーフをよく用いる。抽象的であるが、彼の特徴の要をうまく捉えているだろう。

 このボックスを聴くという体験を通して、その自覚を一層強くしたように思う。しかも意外なことに、ブルックナーやブラームスのような大きな曲よりも、バッハやヘンデルの小規模編成の管弦楽曲に特に感銘を受けた。

 特にヘンデルは僕にとって最も嬉しい出会いだった。僕がかくもヘンデルから、全身に沁み入るような痛切な悲哀を感じ取ったことはない。バロック音楽で自分をこのような心境にさせてくれたのは、ケーゲルによるバッハの「音楽の捧げもの」以来のように思う。ここでシューリヒトはテンポを変えずにそのまま音楽を進行させるだけで、驚くほどニュアンスに富んだ音楽を作り上げている。峻厳でありながら、耽美的。初めて聴く曲ばかりだったけど、全く飽きることなく聴き通すことができた。このアルバムを聴いて僕は初めてシューリヒトの真価の一端を掴むことができたように思う。

 このボックスは、録音状態もシューリヒトの中では良い部類に入り、演奏のレベルも総じて高い。紹介したヘンデルの他にも、ハーグフィルとのブルックナーの7番やモーツァルトのハフナーは宇野功芳が決定盤と評する名盤である。彼の音楽との出会いは、音楽人生の中でなかなか大きな経験になるはずだ。しかし、このレーベルは既に活動を中止し、いつ入手困難になるかわからない。気になる人は購入しておくと良いだろう。