Violin Concertos (Hybr)/Johannes Brahms

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 今日の一枚は、フリッツ・ライナーとハイフェッツによるブラームスとチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲が収録されたアルバムだ。

 フリッツ・ライナーは有能なオーケストラビルダーとして知られており、シカゴ交響楽団を本場ヨーロッパに劣らない一流オーケストラに育て上げた。ショルティで頂点に至るシカゴ響の栄光の歴史は、ライナー時代の地盤があってのことだったのだ。

 そのシカゴ響はとてもアメリカのオーケストラとは思えない、ヨーロッパ的な音を出した。その理由についておもしろい話を聞いたので、紹介しておこう。

 シカゴ響を語る上で重要なことは、シカゴが東欧移民の多い町だったということだ。昔ウィーンを中心としたハプスブルク帝国圏は、音楽教育に大変熱心であり、多くの優秀な音楽家を輩出した。親たちは子供の音楽的才能に賭け、生活が苦しかったとしても音楽院で専門的な勉強させたのである。

 二度の世界大戦は東欧からアメリカへの大量の移民を生み出し、東欧の音楽文化がアメリカで花開くこととなった。特に第二次世界大戦中ナチスの支配下におかれたウィーンから排斥されアメリカに亡命ユダヤ人音楽家たちが、各地のオーケストラへ就職したことは、アメリカの音楽文化の発展に大きく寄与したことだろう。結果として東欧移民が特に多かったシカゴを本拠地とするシカゴ響には多くの有能な音楽家が集まることになったのだ。

 以上から、なぜシカゴ響からヨーロッパ的な音がするのかおわかりいただけただろう。シカゴ響はアメリカのオーケストラだからといって、生粋のアメリカ人で構成されていたわけではなかったのだ。アメリカのオーケストラが戦後急速に実力をつけ、ヨーロッパと双璧をなすに至ったのは、突然変異の出来事ではなく、複雑な歴史的事情があってのことなのである。

 そのことは、シカゴ響を世界的オーケストラへと鍛え上げたライナーとショルティがともに東欧、ハンガリー生まれであったことが如実に示している。さらに驚くべきことに、もう一つ東欧系移民が多かった町が、フィラデルフィアなのである。

 だから僕は、第二次世界大戦直後のアメリカのオーケストラをアメリカというカテゴリーでヨーロッパと区別することは、厳密に言うと間違いなのかもしれないと思っている。アメリカの興隆を支えていた人々がアメリカ人ではなくヨーロッパ人であったことは、これらの歴史的事実から明らかであろう。

 以上、シカゴ響の音の秘密について長々と話してきた。それではアルバムへと話を移そう。

 ライナーとハイフェッツは親交があったにも関わらず、録音はブラームスとチャイコフスキーのヴァオリン協奏曲しか残していない。ハイフェッツは指揮者に恵まれなかった指揮者であったことを考えると、惜しい限りだ。特に僕が愛してやまないシベリウスのヴァイオリン協奏曲を、ワルター・ヘンドルというハイフェッツの大器を到底受け止めきれない指揮者と録音したことは、歴史的損失と言えるだろう。

 ライナーとハイフェッツが組めば、音楽が完璧になる。ハイフェッツの卓越した技術とライナーとシカゴ響による精緻なアンサンブルが見事に溶け合い、たぐいまれな美しい音楽が生まれるのだ。どこにも無駄の見当たらない、正確無比の音楽だ。

 特にブラームスの出来がいい。広がりのある出だしを聞いただけで、体がとろけそうになる。そこから立ち上ってくるハイフェッツのヴァイオリンの音がたまらなく美しいのだ。

 嬉しいことに、このアルバムをはじめとするRCAリビングステレオシリーズは録音の出来が最高な上に、SACDも進んでいることだろう。ぜひとも手にとっていただきたい。