気になる事がある。

「個性」というものは、生まれながらにして? それとも環境や境遇?
自分をなぞってみると、どうも「どちらも」である可能性が高いように思える。

気になる。あー気になる。
人間を管理して好きなように育てたい。
サンプルとして100人以上の人生を操作したい。
そしてどんな子になるのか確かめたい。
予想に反するのか、予想通りなのか試したい。




礼奈はまさにそういった作品。
人はどうすれば狂気に目覚めるのか、その過程と結果。

究極の価値観を持った人間を作るには、狂気を埋め込む必要がある。
一般人が「普通」とか「常識」と思っている事とは違う事を「当たり前」にやらせる。
まず、隔離する。限られた人間以外との接点を無くす。数日、数週間、数ヶ月。孤独を与え続ける。

次に食料として生きたモノと調理器具を与える。
魚を殺させ、その肉を調理させ、自ら食わせる。
兎を殺させ、その肉を調理させ、自ら食わせる。
鳥を殺させ、その肉を調理させ、自ら食わせる。
猫を。豚を。牛を。
猿を。

次に、生きがいを与える。
人間が生きる上で生きがいとなるものは、夢。
状態としては夢なんか見れる環境ではない。むしろ不安が先走ってしまい、自殺を考える可能性もある。
しかし人間は基本、寂しがり屋という事も事実。人は皆、愛に飢えている。ましてや、隔離されている状態。
愛が欲しくて欲しくて、仕方が無くなるはずだ。
だから、愛を与える。この上ないほどの優しさで接する。「誰か他の人に会いたい」という欲以外のあらゆる欲を満たせ続ける。
そうすると、愛を与えてくれる人と会う事。結ばれる事が、生きがいとなる。
生きてる意味になる。

そこに、スッと自分の中の狂気を差し出す。
すると、むさぼりつく。
狂気を自らの心に宿し、魂を自ら汚す。
喜んで処女をささげるだろう。
喜んで糞尿を食らうだろう。
摩擦するお互いの体の間に、自らの血を流し込み、滑りを良くして、目を見開き、涎を垂らしながら、狂ったように腰を振るだろう。
望めば自らの腹を切り開き、内臓を手でつかみ、引きずり出して、笑顔で俺に差し出すだろう。



おかしくなった訳じゃない。
狂った訳じゃない。
価値観が違うんだ。
おかしくなったように見えるのも。
狂ったように見えるのも。
それは貴方達が信じる「一般常識」という宗教がそう見せているだけ。
むしろ考えるチカラは、貴方達のはるか上を行っている。
おかしくない。狂ってない。
自分は自分としての意識を、ちゃんと持っている。



人間の人生をここまで操作できるほどの立場になりたい。
最後に刺されて死ぬ運命だろうとも、ね。