海賊被害の深刻化を見るに見かねて、政府にその対処を促す質問を行ってから早くも3か月が過ぎてしまった。その間にも海賊被害は拡大し、ソマリア沖・アデン湾を航行する我が国関係船舶は異常な緊張状態を強いられている。海賊に乗っ取られ拉致された日本人船長は未だに拘束されたままである。

ようやく麻生総理も重い腰を上げ、今日、浜田防衛大臣に検討を加速するよう指示を出したという。経済対策も、安全保障対策もあまりにも遅すぎる。この間、マスコミも、盛んに記事を掲載してきたが、看過しえない事実誤認がいくつかあるので、以下指摘しておきたい。

(1)とくに、「自衛隊法82条の海上警備行動の前提が自衛権行使だ」などと書いている日本経済新聞は不勉強もはなはだしい。海上警備行動は自衛権行使とは無関係の自衛隊による警察活動の一環である。

(2)また、各紙共通している「海上警備行動では外国船舶は護送できない」というのも、過去たった一回の防衛局長答弁(昭和50年)を絶対視するもので、今日的な状況の下では妥当な法解釈とはいえない。

そこで、現行法における海賊対策のポイントをメモにまとめたので、参考までに以下掲載しておく。

ソマリア沖・アデン湾の海賊対策についての覚書

1. 現状認識
●ソマリア沖・アデン湾は、スエズ運河を通じて欧州とアジアをつなぐ海上交通の要衝にして、年間2,000隻を超える日本関係船舶が通過する我が国経済の生命線。
●昨年来海賊被害が急増し、本年夏以降急激に悪化(2日に1件発生)。今年11月末までに102件(昨年の2倍強)の海賊事案が発生し、現在もサウジの大型タンカーを含む14隻の船舶が拿捕抑留され、264名の船員(日本人船長1人を含む)が人質拘束中。
●国連が、安保理決議1816号(6月)、1838号(10月)、および1846号(12月)により、国連加盟国に「海賊抑止のための協力」呼びかけ。
●EUを中心に、各国・機関が軍艦等をソマリア沖・アデン湾に派遣して哨戒活動・船舶護衛等を実施。また、中国・韓国なども来月から海軍艦艇による活動を開始する予定。

2. 問題の所在
●国連海洋法条約は、「海賊は人類共通の敵」として、締約国による海賊抑止のための協力義務を明記(100-105条)。
●我が国は、国内法上、海賊行為を犯罪として処罰する規定がない。・・・海賊対策に係る「一般法」制定の必要性。
●事態の緊急性に鑑み、(新規立法措置の間)現行法の枠内で即応対処する方策の検討。・・・海上保安庁および海上自衛隊の哨戒機や艦艇の派遣の必要性。
●海賊対策は、「抑止」と「取締り」と「根絶」の三つのフェーズからなる。当面、国際社会が緊急に取り組むべきは、海賊行為の抑止・民間船舶の保護(抑止フェーズ)。

3. 過去の政府答弁
●海賊対策は、一義的には海上保安庁の責務(H17.3.17大野防衛長官答弁)
●海上保安庁の手に余る場合(「特別の必要」)には、自衛隊の部隊による海上警備行動(自衛隊法82条)で対処(同上)
●ソマリア沖・アデン湾について海上保安庁の巡視艇での対処は、距離や海賊の装備の規模などから困難(H20.10.17海上保安庁長官答弁)
●海上自衛隊は、船舶を護衛する能力を有しており、海上警備行動を根拠に船舶護衛ができる。(H15.3.25石破防衛長官答弁)
●海上警備行動は、長期にわたるオペレーションも念頭に置かれている。(同上)
●海上警備行動は、ソマリア沖でも発令できる。(H20.10.17浜田防衛大臣答弁)
●海上警備行動は「警察活動」であり、武器使用につき憲法第9条をめぐる法的枠組みとは次元を異にする。(H20.11.28政府答弁書)

4.海上警備行動とは
自衛隊法82条 【海上における警備行動】 防衛大臣は、海上における人命若しくは財産の保護又は治安の維持のため特別の必要がある場合には、内閣総理大臣の承認を得て、自衛隊の部隊に海上において必要な行動をとることを命ずることができる。

海上警備行動の具体的なイメージ:
●海上自衛隊の護衛艦による民間船舶のエスコート、および哨戒機P3Cによる警戒監視活動。
●民間船舶への併走、不審船舶の航行監視、自己の存在の顕示などのほか、準用する海上保安庁法の規定(17,18条)から、海賊抑止に必要な停船命令、立ち入り検査、危険行為の制止などが行える。
●準用する警察官職務執行法の規定(7条)から、自己又は他人の防護や公務執行に対する抵抗抑止のため、合理的に必要な範囲内の武器使用が認められている。
・・・「抑止フェーズ」における対処行動に必要とされる権限は、武器使用基準も含め十分確保されていると認められる。

5. 課題
国連安保理決議に呼応してソマリア沖・アデン湾における海賊対策に乗り出す各国・機関との国際協調の意味から、日本関係船舶の航行の安全を確保するとともに、当該海域を通過する外国船舶に対する海賊行為の抑止にも寄与する必要がある。

その際、過去の国会答弁により、海上警備行動における保護の対象が「通常、日本人の人命および財産ということ」(S50.6.24丸山防衛局長答弁)とされた点を乗り越える必要あり。

⇒解決する方法は、三つ。
(1)政府答弁の修正
(2)自衛隊法82条の改正(解釈規定の追加)
(3)海賊対策にかかる一般法の制定

・・・即効性のあるのは、(1)。上記防衛局長の答弁は、日本人の生命・財産が危険にさらされていないような場合に海上警備行動が発令されることは考えられないという趣旨。したがって、同様の危険に遭遇している日本人の人命・財産の保護のための行動に支障を来たさない範囲で、当該行動を下令された自衛隊部隊が日本人以外の生命・財産の保護のために行動することを排除するものではない。・・・実際、海上警備行動が準拠する海上保安庁法の下で、「海難の際の人命、積み荷及び船舶の救助」(海上保安庁法5条2号)の一環として、外国船舶であって船員がすべて外国人であるものの効果以上における海難の救助のため巡視船を派遣した事例がある。

(2)は、海上警備行動による保護の対象から外国船舶が必ずしも排除されない旨の解釈規定を自衛隊法82条第2項として追加するもの。その際、当該オペレーションが長期にわたる可能性もあるので、「国会関与規定」を設けることも一案。たとえば、「60日を超えて活動を継続する場合には、国会の議決をもって終了することができる」などの規定を盛り込むなど。

(3)については、内閣官房に設置された総合海洋政策本部で今年の2月から進められている立法作業を待つことになり、即効性に欠ける。

以上、これまでの2度にわたる国会質疑、3回にわたる質問主意書に対する政府答弁書に基づきまとめてみた。海賊対策をめぐる議論の一助となれば幸いだ。