広島、栃木の事件に続き、京都でも悲劇が起こってしまった。
今度は、小学6年生の女の子。
場所は、安全なはずの塾の教室。
犯行に及んだ塾の講師の大学生は、「女児がいると、バイトに影響が出ると思った」と供述しているという。

何ということだ!
殺人を犯せば、バイトに影響が出るどころか、人生そのものが台無しではないか!
人は、そんな分別も失うものなのか・・・。

事件の全貌を知る立場ではないので、軽率なことは言えないが、報道によれば、犯人の大学生は、女児から「キモイ」と言われたことがショックだったとも言っているという。しかし、こんなことが殺人の動機となりうるのだろうか。にわかには信じ難い・・・。

ただ、最近、小学5年生の娘と話したとき、今の子どもたちは、「死ね!」などと平気で人を傷つける言葉を発する傾向があるようだ。それが原因で、不登校に陥ってしまうケースもあるらしい。娘もそのことがとても悲しいと漏らしていた。

子どもたちの間に蔓延する「人を傷つける」風潮は、大人社会を反映したものに違いないし、家庭や学校における躾や道徳教育(というと古臭く聞こえるかもしれないが)の欠如、いや、もっと言えば、「愛する心」「思いやりの精神」の欠如なのではないだろうか。そういう意味で、もちろん犯人は許せないが、この問題は単なる悲劇の一事件(とその対策)という次元を超えた、今日の日本社会に根ざした奥深い病理を私たちに突きつけている気がしてならない。