Day 1
ブレント・スコウクロフト将軍(GEN Brent Scowcroft)
部屋に入って来られたときには、ずいぶんお年を召された印象を持ったが、話の内容は相変わらず簡にして要。たった15分で北東アジア情勢からインド、イラン、イラク、イスラエル・パレスティナにいたるユーラシアの東半分についての米国の政策を的確にブリーフしてくれた。ス将軍は、イラク戦争には開戦前から批判的で、いまや弟子の二人が国務、国防長官の要職にあるにもかかわらず、ブッシュ大統領からは遠ざけられている。イラク戦争によって傷ついた米国の国際的なリーダーシップの正当性に話が及ぶと、現実主義の大御所としての苦悩の表情を見せていた。中国とともにインドの戦略的重要性を強調していたが、「米国はインドに恋をしているが、インドはいかなる国とも恋に落ちることはない」との言葉は、独自の世界観、戦略観をもって非同盟の伝統を貫くインドの複線的な対外姿勢を如実に示唆したのが印象的。

ヴィクター・チャ(Dr. Victor Cha)
彼は、この日がホワイトハウス最後の日であったが、緊急にハドリー大統領補佐官とのミーティングが入り、参加できなかった。2月の6者合意の不履行で新たな混迷を見せている北朝鮮情勢について、政権を去る気楽さから率直な見解が聞けると楽しみにしていただけに残念だったが、そこは、すでに政権を去ってかなりの月日がたつ(いまでも政権のアジア政策に一定の影響力をもつ)マイケル・グリーンが詳細なブリーフをしてくれた。焦点は、金正日が本当に核放棄を断行できるのか(意思と能力両面)という疑問。グリーンは、核開発が①金政権の正当性の根拠、②軍掌握の根幹、③対米のみならず対中外交の切り札となっていることから、放棄は困難との見方を示した。これは、今後の交渉が、米国政府はじめ関係国の間で繰り返し言明される「建て前」は裏腹に、すでに開発済みの核爆弾の存在を前提としたもの(つまり、新たな核開発を許さない、あるいは、核拡散を許さない)とならざるを得ないことを強く示唆している。

このことから、北朝鮮の核やミサイルの脅威に対する日米協力の将来像を大胆に予測すれば次のようなものとなろう。①核弾頭としてミサイル搭載が可能となった場合(すでに開発済みとの有力な情報もある!)には、日米共同BMDシステム配備を加速させるだけでは不十分である可能性がある。日米MD共同開発の新たなテーマとしてABLが俎上に上る可能性も。②そこで、まず、米国の拡大核抑止を強化する必要がある。たとえば、1991年に全面廃棄された戦術核兵器の復活により、北東アジア・西太平洋正面に核報復能力を配備することである。(80年代の西欧のように、日米共同管理によって拡大抑止の確証をさらに高める議論も必要かもしれない)③同時に、昨年7月のミサイル連射のような事態に対処するために、策源地攻撃能力を日米間で共有する必要も生じよう。

ほかに気づいたポイントとしては、次の四つ。第一に、すでに再処理を終え、約8発分の兵器級プルトニウムを抽出し、著しく老朽化したヨンビョンの核施設の閉鎖(disablement)は、北朝鮮に何らの痛痒も与えない。したがって、今後のプロセスにおいて、北朝鮮が最大限にディール・スティックに使ってくる可能性が高い。第二に、日本政府の拉致へのこだわりは正当なものだが、6者プロセスが動き出してから試練を迎えることが予見できるので、いまから拉致と核協議のプロセスとのリンケージをめぐる戦略を練っておく必要がある。第三に、核協議が不調に終わった場合の新たな圧力については、日米独自制裁には限度があるので、国連決議1718の履行を国際社会(31カ国)に徹底させることが有力な方策である。第四に、北朝鮮への影響力は中国が、中国への影響力は米国が、それぞれ握っているが、イラクに足をとられて米国からの対中プレッシャーが鈍っていることが北朝鮮を勢いづかせ(韓国の支援が浮き彫りになっ)ている最大の要因。

ジョン・ハムレ(John Hamre, CSIS)
ズビグニュ・ブレジンスキ(Zbigniew Brzezinski, SAIS)
カーラ・ヒルズ(Carla Hills, USTR)
久しぶりに、ブレジンスキ博士と再会。ブッシュ政権のイラク政策に対する歯に衣着せぬ厳しい批判が印象に残った。彼は、もともとイラクとイランを同時に封じ込め(dual containment)イスラエルとパレスティナの平和共存を図る中東和平プロセスの完成(2000年合意、2002年ロードマップの実行)を加速させれば、中東地域の安定化は十分図れる、との現実主義的な主張で、いまさらながら現状の厳しさからその正しさが反証されている。ブ博士によれば、イラク問題は現政権では絶対に片付かず、大統領選挙2008の最大の争点となるから、次期大統領候補は、イラク撤退を実現させる中東地域の戦略環境の安定化とともに米国の国際的リーダーシップへの信頼回復についての現実的で明確な処方箋を示す必要がある。その意味で、近年にない外交中心の見応えある大統領選挙となりそうだ。

ところで、「911ショックで政権発足当初の現実主義的な外交政策から逸脱しイラク攻撃に突入せざるを得なかった、という米政権の説明は正しいか?」との私からの意図的な誘導質問(僭越ながら)に対して、ブ博士はニヤリと笑って「フセインのイラクとシーア派のイランはアルカイダとは何の関係もなかったばかりか、宗教教義的には鋭く反目し合ってきた(つまり、イラク戦争は不必要だった)」と明確に答えてくれた。これは、日本政府の説明とも矛盾するもので、今後の国会論議を通じて厳しく追及していかねばならないポイントだ。