あれから1年
放射能が充満し始めた頃は本気で関東に住めなくなるかとも
思いましたが、今はまだ普通に生きています。
そして、1年前のこの時期に子供が生まれました。
生まれる間際、
病院の待合室で休憩していました。
夜も明け待合室に患者の人達がちらほらとやってきました。
その中の一人がTVをつけました。
嫌なものが目に飛び込んできたことを良く覚えています。
TVのニュースでは日本の汚染MAPが映し出され、
関東が真っ赤になっていていました。
もはや逃げ場がないような気がしました。
「こんな時期に生まれてきてしまって、
なんてかわいそうな事をしたのか」
と少々気が滅入ってました。
そしてその所為で生まれてくるのに父親が本心から祝福していない
のが哀れでした。
しかし同時に多くの人が亡くなって、
生まれて来れなかった命もあります。
今があることが奇跡。
こうして家族といられるという事がかけがえの無い事だと思います。
今では、あの気の滅入りが
できることを、より一生懸命になってやれるようになった
と自分にとっては少しだけ良い事でもある気がしました。
思いましたが、今はまだ普通に生きています。
そして、1年前のこの時期に子供が生まれました。
生まれる間際、
病院の待合室で休憩していました。
夜も明け待合室に患者の人達がちらほらとやってきました。
その中の一人がTVをつけました。
嫌なものが目に飛び込んできたことを良く覚えています。
TVのニュースでは日本の汚染MAPが映し出され、
関東が真っ赤になっていていました。
もはや逃げ場がないような気がしました。
「こんな時期に生まれてきてしまって、
なんてかわいそうな事をしたのか」
と少々気が滅入ってました。
そしてその所為で生まれてくるのに父親が本心から祝福していない
のが哀れでした。
しかし同時に多くの人が亡くなって、
生まれて来れなかった命もあります。
今があることが奇跡。
こうして家族といられるという事がかけがえの無い事だと思います。
今では、あの気の滅入りが
できることを、より一生懸命になってやれるようになった
と自分にとっては少しだけ良い事でもある気がしました。