怖話 ポスターの女性 その2 「私」
「最近夜中に玄関から話声がするから、
目が覚めるのよ」
久しぶりに実家に戻ってきた私に
母は他愛の無い会話の中でそんな事を愚痴った。
古い家なので壁には少なくとも今のような
性能の良い防音を施してあるとは思えないし、
道路や道に面している場所なので
人が通るたび話し声は家の中までよく聞こえる。
だが、母の話によると明け方四時頃、
玄関から10分ほど、女性のひとりごとのような
喋り声が続くという。
もともと父がいなかったため、
私が家を出ると
今は母一人でこの家に暮らす事になった。
色々不安なことともあるんだろうが、
普段はあまり愚痴らない母が珍しく私に相談したので
実家にいる間にこの問題を取り除いてやりたいと思った。
また、一体どんな人物なのだろうかという
興味も無かったわけではない。
声がするのは明け方という事もあり、
確かめるには明け方まで起きているか、
一度寝て近い時間に目覚めるか
二通りあった。
目覚ましをかけて私は一度寝る事にした。
眠気がきたと思ったら、
目覚ましがなった。
3時間以上寝ていたらしいが一瞬の出来事だった。
早起きをした経験が少ない私は
時間外に起きるのはこんなにも苦痛なのかと思った。
そして真冬の夜中に布団から出るのが
それより更に辛い事だった。
四時頃に声がするという事だったので、
目覚ましは3時40分にセットした。
まだ時間があるのでもう少し寝ていたかったが、
今 寝てしまうと朝まで起きないだろうし、
布団から出てしまわないと、
声がしたとき飛び起きて玄関まで急いで動ける自身がなかった。
覚悟を決め布団から出て着替えると
寒さであっという間に眠気が消えた。
さあ、一体どんな人が母を困らせているんだろうか。
とっ捕まえて真相を聞きだしてやる。
もっともこんな時間に人の家の前で
独り言を言っているなんて
きっと普通ではないはずだから
理由なんてなさそうだけど。
普通・・・・ではない・・
今までは母の問題を解決しようと躍起になるばかりで
考えなかったが、心の中で若干の恐怖が芽生えた。
無計画なところは相変わらずだ。
自分の感情的に行動してしまうところを呪った。
考えよう。
...
まずはドアの覗き穴から相手の姿を確認しよう。
気が弱ければ、門灯を付けるだけで逃げ出すだろう。
もしそれでも喋り続ける場合は、
ドアを少しだけ開け
警察に通報すると警告すれば
「普通」の場合は止めるだろう。
そうでない場合は本当に警察に通報してしまえばいい。
恐怖を完全に消すことはできなかったが、
考えれば、なんて事の無い対処法がすんなりと思い浮かんだので
さっきよりは気が楽になった。
ぼそぼそとした女性の声のようなものが聞こえてきた。
時計を見ると、まだ四時になっていない。
とたん、肌があわ立った。
夜中に女性の声が聞こえるのは、
こんなにも怖いものかと改めて恐怖した。
なにを言っているのかは聞き取れないが、
声は思っていたよりも大きかった。
昼間の会話くらいの音量だが、
夜中には大き過ぎる。
家の中から音がしないので、母は起きていないようだ。
一人だけ起きているという現実に
また更に怖くなったので
覗き穴から見る事すら止めようかと思ったが、
興味が打ち勝った。
玄関のドア前まで行くと、
声はさらに大きくなった。
甲高く女性の声にも子供の声にも聞こえた。
発音が聞き取りにくい事と、
ドアを隔てているので声が反響し
何をいっているかはまだ分からなかったが、
時折
「うんうん・・」と会話のように頷いたりしている。
思い切って覗き穴を覗き込んだ。
いない。
声は聞こえるが、姿が確認できない。
もう一度
よく耳を澄ましてみる。
声は、ドアの、玄関の右側の方から聞こえた。
国道の壁のほうだ。
昔、隣には家が建っていて
国道を広げるということで立ち退いた。
隣の家がなくなる事で工事の間も
窓から家の中が道路にむき出しになり
プライベートがあらわになるのを避けるため、
一時的という約束で隣との境にあった壁だけを
残してもらったが
結局その壁は今でも建ったままになっており
玄関の横から家の向こう側まで続いている。
その、壁と家の隙間から、声がしているのだ。
もう怖くてどうしようもない気持ちと、
ここまできたら姿を見てやるという気持ちが
ごっちゃになった。
武器になるものはないかと見渡し、
最初に目に入った靴入れに立てかけてある傘を手にとった。
そして、思い切ってドアを開けた。
続く
目が覚めるのよ」
久しぶりに実家に戻ってきた私に
母は他愛の無い会話の中でそんな事を愚痴った。
古い家なので壁には少なくとも今のような
性能の良い防音を施してあるとは思えないし、
道路や道に面している場所なので
人が通るたび話し声は家の中までよく聞こえる。
だが、母の話によると明け方四時頃、
玄関から10分ほど、女性のひとりごとのような
喋り声が続くという。
もともと父がいなかったため、
私が家を出ると
今は母一人でこの家に暮らす事になった。
色々不安なことともあるんだろうが、
普段はあまり愚痴らない母が珍しく私に相談したので
実家にいる間にこの問題を取り除いてやりたいと思った。
また、一体どんな人物なのだろうかという
興味も無かったわけではない。
声がするのは明け方という事もあり、
確かめるには明け方まで起きているか、
一度寝て近い時間に目覚めるか
二通りあった。
目覚ましをかけて私は一度寝る事にした。
眠気がきたと思ったら、
目覚ましがなった。
3時間以上寝ていたらしいが一瞬の出来事だった。
早起きをした経験が少ない私は
時間外に起きるのはこんなにも苦痛なのかと思った。
そして真冬の夜中に布団から出るのが
それより更に辛い事だった。
四時頃に声がするという事だったので、
目覚ましは3時40分にセットした。
まだ時間があるのでもう少し寝ていたかったが、
今 寝てしまうと朝まで起きないだろうし、
布団から出てしまわないと、
声がしたとき飛び起きて玄関まで急いで動ける自身がなかった。
覚悟を決め布団から出て着替えると
寒さであっという間に眠気が消えた。
さあ、一体どんな人が母を困らせているんだろうか。
とっ捕まえて真相を聞きだしてやる。
もっともこんな時間に人の家の前で
独り言を言っているなんて
きっと普通ではないはずだから
理由なんてなさそうだけど。
普通・・・・ではない・・
今までは母の問題を解決しようと躍起になるばかりで
考えなかったが、心の中で若干の恐怖が芽生えた。
無計画なところは相変わらずだ。
自分の感情的に行動してしまうところを呪った。
考えよう。
...
まずはドアの覗き穴から相手の姿を確認しよう。
気が弱ければ、門灯を付けるだけで逃げ出すだろう。
もしそれでも喋り続ける場合は、
ドアを少しだけ開け
警察に通報すると警告すれば
「普通」の場合は止めるだろう。
そうでない場合は本当に警察に通報してしまえばいい。
恐怖を完全に消すことはできなかったが、
考えれば、なんて事の無い対処法がすんなりと思い浮かんだので
さっきよりは気が楽になった。
ぼそぼそとした女性の声のようなものが聞こえてきた。
時計を見ると、まだ四時になっていない。
とたん、肌があわ立った。
夜中に女性の声が聞こえるのは、
こんなにも怖いものかと改めて恐怖した。
なにを言っているのかは聞き取れないが、
声は思っていたよりも大きかった。
昼間の会話くらいの音量だが、
夜中には大き過ぎる。
家の中から音がしないので、母は起きていないようだ。
一人だけ起きているという現実に
また更に怖くなったので
覗き穴から見る事すら止めようかと思ったが、
興味が打ち勝った。
玄関のドア前まで行くと、
声はさらに大きくなった。
甲高く女性の声にも子供の声にも聞こえた。
発音が聞き取りにくい事と、
ドアを隔てているので声が反響し
何をいっているかはまだ分からなかったが、
時折
「うんうん・・」と会話のように頷いたりしている。
思い切って覗き穴を覗き込んだ。
いない。
声は聞こえるが、姿が確認できない。
もう一度
よく耳を澄ましてみる。
声は、ドアの、玄関の右側の方から聞こえた。
国道の壁のほうだ。
昔、隣には家が建っていて
国道を広げるということで立ち退いた。
隣の家がなくなる事で工事の間も
窓から家の中が道路にむき出しになり
プライベートがあらわになるのを避けるため、
一時的という約束で隣との境にあった壁だけを
残してもらったが
結局その壁は今でも建ったままになっており
玄関の横から家の向こう側まで続いている。
その、壁と家の隙間から、声がしているのだ。
もう怖くてどうしようもない気持ちと、
ここまできたら姿を見てやるという気持ちが
ごっちゃになった。
武器になるものはないかと見渡し、
最初に目に入った靴入れに立てかけてある傘を手にとった。
そして、思い切ってドアを開けた。
続く