「わたし」は、ずっと「一人称」が苦手だった。
子供の頃は「ぼく」で、大学生まで使い続けた。
友人の多くは「おれ」だったが、
悪ぶったり、格好つけたりしている感があり、
それに与するのが嫌で、結局「ぼく」で通した。
ところが、社会人になったとたん、
「わたし」を強要されるようになった。


「わたし」というのは、
小学生の時からずっと、女子が使う一人称だった。
社会人になったからといって、
男である自分が「わたし」を使うのには、
非常に抵抗があった。
当初は「ぼく」を使おうとしたが、
勤務先の先輩たちがそれを許さなかった。
こうして「ぼく」は、血の通わない「わたし」になった。


仕事の時は、誰でも自己を抑制しているものだ。
「わたし」は、その抑制されている自己の象徴である。
だから「わたし」は、仕事以外の時は、
真の自己である「ぼく」に戻りたいと思った。
だが、「わたし」によって何千回となく上書きされた「ぼく」は、
もはや自己の一人称ではなくなっていたのだった。


その後、20年以上経つが、
これこそが自分だと言えるような
「本当の自分の一人称」を見出せないでいる。
「わたし」は、長い付き合いなのに、
いまだに心が通っていない知人である。
「ぼく」は、あかの他人のような
よそよそしさを見せるようになった古い友人である。


調べてみると、
一般男性が仕事以外の普段の状況で使える一人称は、
意外と少ないのだ。
「わたし」は仕事以外では使いたくない。
「おれ」は自分には絶対に合わないことがわかっている。
「わし」は西日本の表現で、
多用する人の強烈な個性でイメージができあがっている。
物語での老人のイメージもある。


「おいら」は大人が使うには子供っぽい。
「小生」は気どりすぎだ。
「吾輩」は猫だし、自称悪魔が使っているし、
ちょっと偉そうな感がある。
「我」(われ)は、「我思う故に我あり」で、
響きとしては結構良い。
だが、話し言葉で使うと違和感が出てくる。
また二人称と間違えられる可能性もある。


「わたし」「ぼく」以外に適当な男性一人称が、
実は「ない!」のである。
今まで誰も困らなかったのだろうか?
不思議でならない。
こうなったら、新しい一人称を自分で作るしかない。
「我(われ)」+「私(わたし)」で、
「われし」というのはどうだろうか?
誤字と間違えられるかもしれないが。

 

Twitterへの投稿より(2022年8月17日)