ひとりごと&スピリチュアルです
剥落▶物体の表面に付着していたものや表面そのものがはがれ落ちること
建築業界では、建物の構造物の表面が劣化してはがれ落ちること
童子切安綱が剥落していると言うなら人類は全員剥落している。
何をかといえば記憶だ。
一個人の人生ではなく、
魂の記憶を人類は剥落している。
といっても、魂の記憶は常に在った。
剥落したのは3次元の概念だ。
それが要らなくなり、はがれ落た時、一度は何もかも失ったような感覚になり、寄る辺なく、ぼぉっとし、誰からの反応にも応えられなくなるのだろう。
ちょうど今の童子切安綱のように
一体何が起こったのか?
何を思い出すべきなのか?
少しの間、剥落したものを求め彷徨うかもしれないが、やがて記憶は蘇る。
自分がなぜここにいるのか。
自分が
遥か昔からここに在るということを。
遥か、とは太古だ。
数千年、数万年あるいはそれ以上。
いつから在ったのか、
存在の姿を変え、時空を超え、いくつもの体験をし、あらゆるものに成り、また源に回帰し、破壊され、復刻し、いつか消え、終え、産まれ、生まれ、また還り―。
今は人間として顕現し
今は刀として顕現し
今は命として顕現し
今は新しく生まれ変わり、
新命
神名
身命
神命
新名
けれど魂はひとつだったこと。
すべては源の計画だったことを思い出す。
童子切安綱剥落はずっとひとつの物語の軸だったけれど、今、軸であることをやめたのだ。
外側の逸話に頼るのをやめ、
内なる魂の声を聴く。
そういうことにしたのだ。
今はまだ、混沌としているけれど。
新しい世界が開く。
物語世界も、この地魂も。
鬼たちは(闇の者たちは)童子切安綱を渡すまいとまだ必死だろう。
童子切安綱剥落。
これは彼の物語り。
彼のひと宇宙。
わたしたちはもう剥落している。
これから魂の記憶を思い出す。
読んでくれて感謝☺️