芯は美津島町竹敷の健ちゃんの釣り宿「海風荘」に荷物を置き、健ちゃんの釣り船「釣り研丸」で直ぐに浅茅湾に繰り出した。

コロナウイルスの蔓延で今はK国からの旅行客は一人もおらず、日本国内の釣り客も居なかった。
それで健ちゃんの釣り船は貸しきり状態で、人気の浅茅湾の釣り場はガラ空きで、何度も瀬代わり出来た。
しかし、餌取りばかりで本命の黒鯛、つまりチヌは一匹も釣れなかった。
しかし芯の目的は他にあった。
釣り宿の「海風荘」の前の船着き場に戻る前に直ぐ近くにある海上自衛隊の船舶基地の回りの様子を写真に収めて廻ったのでした。
翌朝は前の晩、健ちゃんと深酒をした為に少し遅めの出航となった「釣研丸」が北西の風が避けられる入江に入った所に作られたアコヤガイの養殖場の近所に着くと、丁度、その養殖場の持ち主の舟が設備の修理をしていた。

「知(とも)さん、ここで釣らせてもらうよ!」

と健ちゃんが声をかけた。

「ああ、健ちゃんか?
良いよ!
ところで健ちゃんの所には来ていないか?」

「誰が?」

「うん、福岡の不動産屋だが、ワシの所の所有している海岸の土地を買いたいと行って来ているんだ。
ワシャ、相手がK国人だったら、絶対売らないのだが、日本人なら、考えてみようかと思っているんだが、どう思う?」

「うん、これはだれにも言うなよ!
実はうちにも来ているんだよ。
どうも、日本国政府が買うらしいんだ。
今のこのコロナウイルスに怖れて、K国が来ない内に、奴等の所有している対馬の土地の回りを国が買い取って、今後、コロナが治まっても、この対馬で好き勝手なことをさせないように、手を打つようだよ!」

「そうか、それでは健ちゃんも売るつもりか?
それだと、ワシも売ることとにするか?
隣や親戚にも秘密として話しておくわ、ありがとうよ!」

「健ちゃん、ありがとうよ!
それで良いよ!
もううちの松浦君がこの当たりに土地の買い上げに来てるはずだから、直ぐに呼んでみよう。
そして、君に手数料を払う様に伝えておこう。」

そう言うと芯はスマホを取り出した。

「松浦君か?
私だよ!」

「はい!先生!どうされました?
えっ、今夜ですか?
7時に竹敷の釣り宿「海風荘」にですか?
分かりました。
先生は何時来られたのですか?
分かりました。
では、夕方に、はい失礼致します。」

「健ちゃん、この辺のK国人が買い漁った土地の回りの君の知人が持つ土地のリストを作成しておいてくれないか?」

と、健ちゃんに伝えた。

「神下さん、今のは、政府の役人ですか?」

「いや、私の部下だが、今、対馬の土地の購入をさせているんだ。
今夜来るから、その時に土地のリストがあれば話が早いとおもうのだが!」

「よし、分かった。
神下さんここで釣っていて下さい。
今から宿に戻って、知り合いに連絡して、土地のリストを作成して、話しておきますから。
4時には迎えにきますから!」

どう言うと、健ちゃんは芯をアコヤガイの養殖場の磯に残して戻って行った。

芯は、一人残されて、アコヤガイの養殖場の網のまわりに、撒き餌を打って、何十年ぶりかの釣りを楽しんだ。
若き頃は、年に何度かやって来て、こうしてのんびりと釣を楽しんだものだった。
その頃からの健ちゃんとの知り合いだった。

夕方4時に健ちゃんが迎えにやって来て、芯の釣果を確めて言った。

「久しぶりなのに、腕はにぶってはいないようですね!」

「いやー、何回か糸を切られてバラしたんだ!」

「そうですか、でも、これだけ釣れば良い方ですよ!
コロナが流行る前までは、流儀知らずのK国人のにわか釣人が来て、釣り場を荒らして、散々だったんですよ!」

「そうだったのか!
それでは急いで宿に戻って、この魚をさばいてお客人をもてなすとするか?」

「何人おみえになるのですか?」

「多分、3人だとおもうが!」

「私も知り合いを6人程よびましたから10名位になりますね!」

「それでは、この魚では足りないかもな?」

「いやー、大鯛1尾と、大チヌ2尾、それにクロも大きいのが1、2、3、4、5尾はいるから、充分ですよ!
さあー、戻りましょう。」

釣り宿「海風荘」に戻り、宿の料理人に仕込みを頼み、一風呂浴びて、玄関横のベランダに出て日の落ちた木陰で、健ちゃんが出してくれた缶ビールを飲んでいると、毛がフサフサとした、独特の模様を持った茶色の猫がやって来て、芯の足にすり寄ってきた。
先程、船着き場で釣研丸を出迎えて、釣具や魚をあげていたら、ニャーニャー啼いて、欲しがり、芯が小さな小クロを餌に挙げたら 
喜んでくわえて何処かに消えていたのだが、芯達の姿を見付けて、やって来たのでした。

「この仔は対馬山猫と家猫とのハーフ何ですよ!」

と健ちゃんが言った。

「名前は何と言うんだね?」

「まだ名は無いのです。
もう、ここに住み着いて1年位はなりますね!
頭の縞模様と身体の斑点がきれいでしょう!」

芯は急いで、スマホでGoogle検索して対馬山猫の写真を出してみた。
間違いなく、対馬山猫の模様を身体に纏っていた。

  対馬山猫

「健ちゃん、この仔を連れて帰って良いかね?」

「飼うつもりですか?
良いですよ!
誰の飼い猫でもないですから。」

「それでは連れて帰るよ。」

と行って、抱き上げて膝に座らせた。
頭と咽を撫でると、ゴロゴロと咽を鳴らして、うっとりと目をつむった。
芯はスマホで誰かに電話して、

「今夜来る前に、厳原の何処かで、鳥獣店から猫用の移動ボックスを買って来て下さい。」

と用事を言い付けていた。

「何と言う名前を付けますか?」

「うん、この仔は牡かな?牝かな?
ああ、牝だ。
じゃあ、猫は木乃花咲耶姫之大神か天照比売之大神様の眷族だから、チキに頼んで、神様に決めて貰うことにするよ!」

と言ってスマホで何処かに電話した。
5分もしない内に芯のスマホに着信があった。

「はい、はい、ああそうかい、ありがとう。
ああ連れて帰るよ!」

と言ってスマホを切って、言った。

「やはり、木乃花咲耶姫之大神様の眷族だそうだ。
それでこの仔の名前は『テンテン』だそうだよ!」

とに言って、芯は

「お前の名前は『テンテン』だぞー。」

と高く抱き上げて、ほおずりした。
テンテンは

「ニャー。」

と変事をしたのでした。

                                                                          (つづく)