卑弥子が目覚めたのは覚えが無い大きな部屋だった。

昨夜は遅くまで、神下先生と松浦さんと三人で呑んで騒いでいたことは覚えていたが、その後の記憶が無かった。
恐る恐る部屋から出て長い廊下を伝わり人気のする方に歩いて行った。

「お早う御座います。
お目覚めですか?」

と背後から声をかけられて振り替えると、チキがいて笑っていた。

「あの、すみませんが、トイレはどこでしょうか?」

「あっ、こちらですよ。」

と、案内してくれた。
トイレと洗面を済ませて、チキに訊いてみた。

「すみませんが、ここは何処ですか?」

笑ながらチキは答えた。

「はい、ここは油山の解雷(かいらい)神社ですよ。
私達は、ここの神社のスタッフです。
朝食の用意が出来ていると先生から連絡があり、貴女をお越しに来たところです。」

「私は卑弥子と言います。
貴女のお名前は昨夜お聞きしたと思うのですが、忘れてしまいました。」

「はい、チキと言います。
先生の神通のお手伝いをさせて頂いております。」

「神通の手伝いですか?
ところで私はどうしてここに寝ていたのでしょうか?」


「ああ、昨夜は先生の所でお酒を飲まれて、貴女様の家祖様方が大変なお慶びで大いに深酒されて、それを貴女様が体現されて、先生から連絡を受けて私達が酔い潰れられた貴女をこちらの神社の強化訓練所の宿舎に連れて来て、寝てもらったのですよ。
よろしければ、先生の自宅に御案内いたしますが、」

「そうでしたかありがとうございました。
では案内をよろしくお願い致します。」
広い社屋の廊下を何度か曲がってやっと神下の自宅に通じる扉を抜けることが出来たのでした。

「おはようございます。」

卑弥子は恐る恐る昨晩、大いに飲み食いしたベランダにいる二人の所に顔を出した。

「やああ、宮司さん。」

「ああ、起きてきましたか 、朝食が出来ていますよ。
チキ君は、君は済ませたのかな?
まだなら一緒に食べないか?
今朝は冷汁だけど!」

   冷や汁

「嬉しい、
たべてもいいですか?
私、冷汁大好きです。
田舎の婆様が夏になると
何時も作ってくれていました。」

「松浦さん、私、昨晩はかなり酔っていましたか?
恥ずかしい。」

「大丈夫ですよ!
私が付いていましたから。」

「本当に?」

「いや、昨晩はチキさんはいなかったじゃあないか」  

「いいえ、私の魂はここに来ていましたよ。
私、松浦さんが、宮司さんを口説いているのを 聴いていました。」

「いいよ、分かったよ。
叶わないな、チキさんには、
全て観られているのだから。」

「さあ、皆んな冷汁を食べた、食べた!」

と芯が言った。
皆んなは丼の温かい炊き立てのご飯に冷たく冷えた冷汁を豪快にぶっかけて、糠漬けのキュウリや茄子の漬物でかきこんでいた。
チキが卑弥子を誘って台所に行き。勝手知ったる動きでコーヒを入れた。

食後のコーヒを飲みながら、芯はチキに訊ねた。

「今日は何も予定は無いのかい?」

「 はい、でも、夕方になると、浮遊霊様方で神社の境内は大変な混雑ですよ!
このコロナウイルスで死んで、成仏出来ない魂ばかりが集まって来るのですよ。
それで、魂様方のお膳を用意して神社の神々様の元に居られる元遷り担当の神々様に働いてもらっているのです。」

「ふむ、何処の宮が一番忙しいそうなんだい」

『はい、『空間の宮』ですね。
空間の宮の神様は静かなんですが、魂処理については、それは早いですよ。
ウムを云わせないというか、とにかく、素早く、元遷りさせておられます。』

「その作業は君しか出来ないのかい?」

「いえ今は私でなくとも、ほかの2人の弟子の誰でも、元遷り作業は出来ています。
あの作業は生宮がするのではなくて、担当の神々様のお役ですから、生宮はその手助けをすれば良いだけなので、慣れると簡単なのですよ!」

「よし、分かった。
それではチキ君、今日は私達に付き合いなさい。」

「はい、先生。
何処に行くのですか?」

『うむ、このチキが毎日、世界中のさ迷える魂に追いかけられているようなので、その作業が楽になる様に少し細工を、仕組みをしようと思っているんだ。』

「えっ!先生、なにですか?
私の為の仕組みとは?」

「ある所に行けば分かるよ!」

「はい、分かりました。
では10時に出発出来る様に神社の方も準備しておきます。
先生のクルマの鍵をお借りして行きます。」

「今日の担当は誰だい?」

「はい、ケチンとモモです。」

そういうとチキは神社に戻って行った。

「えーっ!何処に行くのですか?
先生、松浦さん、教えて下さいよ。」

「いや、何も心配することないよ。
私達に任せておきなさい。」

「宮司さん、神下先生に付いて行くと不思議な経験が出来ますよ。
楽しみだなあ!」

チキが準備が出来たと迎えにきた。
玄関に芯の愛車レクサスが待っていた。
三人が乗り込むと、運転席にいた若い作務衣姿の男性が挨拶した。

「神社の宮使えをしていますケチンと申します。
今日は一日運転手をさせて頂きます。
よろしくお願いします。」

横の助手席にいた若い娘が続いた。

「私はチキ様の助手見習いのモモです。
今日は御一緒させて頂き勉強をさせて頂きます。
何でも御用を申し付け下さい。
よろしくお願いします。」

「ケチンさんとモモさんですか?
先生、チキさんをはじめ、解雷神社の方々は本名を使わないのですね!」

「ああ、呼びやすいからね!」

宮司女史と松浦は一番後ろの席に座り、運転手の後ろに芯が座り、その横にチキが座って、車は静かに出発した。

「今日は先ず佐世保方面に向かっていいですね?  先生。」

とチキが運転手に聞こえる様に大きな声で芯に訊ねた。

「ああ、とりあえずそうしておくれ!
チキ、『通信』は佐世保へいけと言って来ているのだろう?」

「はい『弓』と云う字も見えました。」

                                                                               (つづく)