翌日、大きな船が島に来て国命達兄弟は母に連れられて、その船に乗って、博多の袖の湊に向かっていた。

この袖の湊は1158年平清盛が太宰府の大宰大弐に任ぜられて博多に赴任した後に構築された船着き場であった。

  博多古絵図の袖の湊

博多の町の真ん中に造られた湊で交易船が直接大陸から、ここに入港していたのでした。
それまでは鴻臚館の近くの唐人浜に入港して、鴻臚館で全ての渡来者を収容して大和政権の代行を大宰府政庁が取り仕切り、公益は全てこの鴻臚館で行われていたのだが、大宰府の帥等の干渉を嫌う一部の商人達が鴻臚館を離れて、博多の町中に拠点を造り、細々と交易を始めていたのでした。

1047年宋の商人に雇われた無頼の宋人が鴻臚館に火を付けて、全焼してしまい、交易が出来なくなった為に、その交易の中心が博多の町中の現在の御供所町、祇園町、冷泉町辺りに国命達の父親の謝国明という南宋臨安出身の男が、博多に住み着き、設立した博多津唐房を中心にした博多百堂で交易が盛んに行われて、それに平清盛が目を付けて、鴻臚館の再建よりもこの町商人達に任せる政策を取り、新しい船着き場をここに建設したのでした。
その為には、日本人に帰化して謝太郎国明と名を変えた謝国明が所有していた広い海岸線の元の石堂川口から沖の浜の一帯を無償で提供して造られた湊でした。

到着して下船するとそこは、もう博多津唐房の建屋の前だった。
多くの手代達が出迎えていたが、謝国明の姿は無かった。
国命は父親の国明と会った記憶が無かった。
母親や手伝いの召す使い達から話だけは色々と聴かされていたのでした。
出迎えの年輩の女中が母親に挨拶して皆を奥の住宅に案内した。
立派な構えの門を抜けると、広い倉庫が建ち並んでいた。
その横を抜けて奥に進むと、広い庭を持つ住宅が現れて、その玄関を入ると、真っ直ぐに廊下が通っていて、その長さで、いかに広い住宅なのかが伺えた。
廊下を通ってずっと奥に行き、広い座敷に入ると、母より少し年輩はおばさんが、待っていて、母親はそのおばさんに深々とお辞儀をしていた。

「やっときやったな!」

「はい、私なんぞが顔を出せる等ということはないと思っておりました。
ご無沙汰いたしております。
大奥様。
みんな挨拶をしなさい。」

と言われて、国命達は名前を言って頭を下げた。
しかし、その相手はどんな身分のおばさんかは分からなかった。

「子供達には手伝いと教育係を付ける様に旦那様から言われているので、そのつもりで。
旦那様はとても御忙しい時だから、しばらく、お会いにはならないと思うからそのことを理解した置いて下され。
いいですね!
婆や、この方達を裏の離れにご案内しておくれ!」

と、そこにいた奥女中に命令した。
国命達は母屋の裏の奥にある離れ屋に連れて行かれ、そこで暮らすことになったのでした。

子供達は5日に一度は近くのお寺の寺子屋で 坊さんから、近くの子供達と一緒に儒教や漢字、数学を習ったのでした。
子供達は直ぐに、仲良しのグループが出来て、当然国命がそのグループの親分となったのでした。
国命には2人の弟達の外に12人の悪ガキの仲間が出来ていたのでした。
寺子屋からの帰り道には皆連れだってp、隣村の子供達と喧嘩ばかりして、この地域の不良グループと成り上がって行ったのでした。
国名命は15歳、国継は13歳、国末は12歳でした。
ある日、国命達グループが帰っていると、隣村のガキ大将が率いる20人の子供達が石を投げて来て、大喧嘩となりました。
お寺の境内で取っ組み合いの喧嘩となり、皆は疲れて、最後の国命達だけが残って戦っていました。
そこに町のお役人が来て、国命と相手の牛蔵が捕まり、町の番屋に連れて行かれました。

一刻後、一人の若い手代頭がやって来て、役人に頭を下げて、国命を貰い下げて家に帰ることが出来ました。
その時の手代頭と役人の会話を不思議な思いで国命は聴いていたのでした。

「ご迷惑をおかけいたしました。
私はこの子の兄の謝太郎明信でございます。
どうか、お赦し下さい。
よく言い聞かせ、二度とご迷惑をおかけしない様にいたさせますから。」

「これは、謝太郎家の坊ちゃんでしたか?
元気の良いお子さんで。
どうぞ、お帰り下さい。
大したことではありませんから。」

家への帰り道、その明信と名のった手代頭は国命に言った。

「お前が国命か?
私はお前の兄だ。
謝太郎家の長男の明信だ。
これから宜しくな!」

「はい・・・・?」

始めは国命は意味が解らず、キョトンとしていましたが、始めて自分に兄がいることを知ったのでした。
家に帰って母親に訊ねた。

「お母さん、僕にお兄さんがいるのですか?」

「ああ、お前には言っていなかったけど、お前達には兄がいるのですよ。
そう、あの明信さんがそうですよ。
あの大奥様と旦那様の間に生まれた方です。
覚えて置いて、よく言うことを効くのですよ!
国命、今日は喧嘩をして明信さんが迎えに行ってくれたそうですね!
ちゃんとお礼を言うのですよ!」

翌日、国命は店の中で明を捜して回った。
倉庫で忙しく手代達に指示して動き回っている明信を見付けて、

「昨日はありがとうございました。」

と言葉少なに頭を下げた。

「おお、国命か、お前も手伝え!」

「はい、何をすれば良いのですか?」

「そこの唐衣の束をあそこの小舟に乗せるんだ。」

と、倉庫の前の水路に停められた小舟を指差した。

                                                                              (つづく)