(三) 技術大国、P4

気が付くと駐車していた自分の車の中にいた。
久しぶりにヤチチ様の声が聴こえて来た。

『五島殿が思った通りです。
今の商品はほとんどが奴国で造った物です。
この頃の奴国は、それは大変な技術大国でした。
銅戈、銅鏃(※80)、銅鏡、銅鐸(※81)、銅矛、銅鋤先(※82)等 の銅製品を造る為の工房群、ガラス製品や勾玉(※83)を造ることや、衣類の生産等も、組織的労働集団を組んでいました。

   弥生時代の青銅器

この頃から奴国は『だんどり』の良さと、技術等の『すりあわせ』といったことをすでに行っていたのです。
弥生のこの時代から、日本はすでに日本人が誇る技術に対する素晴らしい智恵を持っていたのでした。
それ等の商品は、女王の命令で一大卒の管理のもとで、全て伊都国の泊を経由して舟越湾から交易品として、船積みされていました。
その船賃や、邪馬台国名義で商品に課した租税を使って伊都国は、軍事力の増強をして行ったのです。
奴国の富みは近隣諸部族の羨望の的でした。
この頃の奴国はタイフ王亡き後、長男のカノウザキが王位を継ぎ、二男のクカミは奴国の北方向きの志賀島を中心に阿曇族と手を結んで護りを固めていました。
クカミは本来、優しい性格の持ち主で争いごとを嫌い、平和を愛し、学問好きで技術者肌の人間でした。
それに比べて、三男のイワレは、南の護りを固める役で、勇敢で、頭が良く、用心深くもあり、策を労するのが上手で人としても人情味があり、親兄弟を大事にする義理堅い好青年でした。

ある時、クカミが、一大卒の目を盗んで、阿曇族の船で、狗邪韓国へ渡り、蔚山(※84)の鉱山から鉄鉱石を大量に持ち帰ることに成功し、イワレと協力して、奴国南部の岡本須玖(おかもとすく)の工房で、クカミが狗邪韓国で習得した技術で、鉄器の製造に成功しました。
この事は、しばらくの間、奴国内で極秘にされて、秘かに大量の鉄の武器類が造られました。
蔚山からの鉄鉱石は阿曇族が秘かに、とても苦労して、対馬の和珥族に見付けられて捕まらないように奴国へ運んだのです。
五島殿が先程、伊都国で見たのは、偶然にも和珥族に見付けられて捕まった時のことでした。
しかし、あの時は和珥族はまだ鉄のことを知らずに、阿曇族は変な石を積んでいるなというぐらいにしか思っていなかったのです。
イワレはこの頃にはすでに、奴国の南隣国の鬼奴国の姫、チル(*ソ)を妻にもらっていました。
クカミとイワレはカノウザキ王の許可を得て、奴国は勿論のこと、鬼奴国全体の武器を鉄器に入れ替えてしまっていました。
一部は阿曇族の手にも渡りました。
ある時、鉄器製造の仕事に加わっていた村人を『ウシどん』が襲い、村人全滅を怖れた村の長から鉄器の秘密が洩れることになり、やがて一大卒の耳に入り、カノウザキ王は一大卒長官ウシ王からは追求されて、鉄器の製造が分かって、倭国の一員として、やむ終えず、鉄器を倭国内、及び邪馬台国に渡すことになったのです。
この鉄器製造がやがて、奴国滅亡と大和朝廷の誕生へと歴史を変えて行くこととなるのです。
どれではまた会いましょう。』

                                                                        (つづく)


《用語解説》

(※80)銅鏃(どうぞく)→青銅製の矢じり、主として弥生時代に使用された〔古代九州より〕
(※81)銅鐸(どうたく)→弥生時代の青銅器の一つ、釣鐘を偏平にした形をしている西日本で製作され祭器として用いた〔広辞苑より〕
(※82)→銅鋤先(どうすきさき)→鋤の先端が青銅器、弥生時代に使われた〔広辞苑より〕
(※83)→勾玉(まがたま)→古代の装身用の玉。ヒスイ、メノウ、碧玉、水晶等で造られた、縄文時代から古墳時代に至る〔広辞苑より〕
(※84)蔚山(うるさん)→ 韓国慶尚南道の都市、弥生時代ここの鉄鉱石を用いて、奴国が鉄器を造った〔広辞苑より〕


《登場人物の説明》

(*ソ)チル→鬼奴国王の長女、イワレの妻、日の神の巫女。