暑い夏もやっと過ぎて、山々は紅葉が色づき出した頃、咲良に純一から魚釣りの誘いの電話があった。

宗像大島の山田太一から誘われて、夜の烏賊釣りに来ないかという話だった。

「船釣りで、大きい船だから、皆を誘って来いと言われたので、おじさんもおばさんも、できれば友香さんも誘って来いと言われているんだ。
どうだろう?」

「ちょっと待ってて、皆に声をかけてみるから。
それで何時なの?」

「今度の土曜日の夜、夕方6時頃神湊に集合だって。
道具は船に全てあるから何も持って来ないで良いとのことだった。
ただ、天気予報の条件で雨なら、雨具の用意はして来いと言ってたな。」

「今、何の烏賊が釣れてるの?」

「剣先烏賊だよ。」

「あの烏賊は最高に美味しいわね!
楽しみ。」

咲良が伝えると、父幸一と友香が参加することになり、母は留守番することに決まった。

土曜日の3時過ぎに純一が自慢の車で迎えに来た。
幸一が急遽釣具店に行き購入した大型のキャスター付きクーラーボックスを積み込んで途中で友香を拾って神湊に向かった。
5時半頃大きな夜焚き用の電球が沢山ついた漁船が神湊の船溜まりに入港してきた。
太一と詩織が乗っていた。

「詩織さんー、御世話になります。」

「今晩わ、お久し振りですね!
今夜は楽しみましょう。」

皆が乗り込んで船は出港した。
船長は詩織の同級生で、どうも二人は付き合っているようにみえた。
船は沈む夕陽を追いかける様に進み、約1時間半程走って、沖ノ島の手前で停まった。
船長は急いでアンカーを降ろして、少し皆に待つように言った。

「皆さん、紹介します。
この船長は中村良二と言って私の同級生で、今はこの船で一家の生計をたてている頼もしい人です。
今、私とお付き合いをしております。
良二さん挨拶して!」

と詩織が言った。

「どうも、今紹介を受けた中村良二です。
詩織とは幼稚園からの同級です。
今日の烏賊釣りは陽が沈んでからしばらくして釣れ始めると思いますので、それまではゆっくり話でもしていて下さい。
釣りかたは簡単ですから。
運さえ良ければ誰でも釣れます。
それではよろしく。」

「おい、良二。
ちょっと待てよ!
皆さん、この良二は、5年前に船の事故で両親と兄夫婦を一度に亡くして、今は兄の3人の女の子供達を妹と2人で、食べさせて育て上げている偉い奴なんです。
僕の故郷の真面目な奴です。
今日は猟を休んで僕達の為に遊漁船をしてくれています。」

と太一が付け加えた。
少し辺りが暗くなって来た時、良二が集魚灯をつけた。

「さあ、今から釣りの準備をはじめて下さい。
全員で6人ですから。左右に別れて3人づつ間だを空けて釣り座を決めて下さい。
念の為に船室に備えてある救命胴衣をつけて於いて下さい。
それから、釣具はここにありますからこの手釣り用の巻き糸を使って下さい。
太一さん、皆さんに使い方を説明してあげて下さい。
俺は魚探を見てくるから。
ここの水深は約40m位だから初めは底近くから釣って、時間が立つにつれて、烏賊の棚が浅くなって来ると思いますので、エギのスッテを上の方で上下してみて下さい。
烏賊が抱き付くと、急に重くなるので、緩めないように、しかし慌てずに巻き上げて下さい。
水面近くになったら、糸を緩めないで重さを感じたままに、一呼吸おいて、烏賊が墨を吐いてから船にとりこんで下さい。
烏賊墨は落ちにくいですから、汚れるのが嫌な方は、初めからカッパを着ておいて下さい。
私の合図で釣り始めて下さい。
良いですね!」

操縦席の魚探をみていた良二から合図があり、急いで、皆は自分の釣り座に戻り、錘とエギを降ろした。
エギは全部で5本ついていた。

「始めは底まで錘を降ろして、底についた手応えがあったら、そこから一ヒロ、1m位上げて、そこを起点にしてゆっくり50cm位上げ下げしてスッテを踊らせて、烏賊を誘ってみて下さい。」

と、大きな声で釣り方を説明した。
当たりは直ぐに来た。
太一と詩織がほとんど同時に始めの1パイを釣り上げた。
少し小型の剣先烏賊だった。
そして、幸一と純一が順に釣り上げ、やっと咲良にも当たりが来た。
ひとり友香だけが苦労をしていた。
見かねた太一が横に来て、色々と釣り方を教えて嬉しそうに喋っていた。
そして友香にも待望の当たりがでた。

「よし、来たぞ。
そう慌てずに、重さを感じながら、緩めずに、良いぞ!
そう、そう、上がって来たぞ。」

興奮した友香は良二から注意を受けていたことを忘れていた。
一気に釣れた烏賊を引き上げた。
友香の近くに釣れた烏賊が来た時、ぶっと墨を吐いた。

「きゃあー。」

「うわー。」

友香と太一の2人は顔から墨まみれになっていた。
それから次第に釣れる烏賊が大きくなって来て、さすがプロの良二が40cm位の大きい1パイを釣り上げた。

「少し、今釣れている所から2、3ヒロ、4、5m位下を狙ってごらん、大きいのが釣れるから。」

と咲良に教えてくれた。
次第に海が静かになり、小魚が集魚灯に集まって来ていたのが、居なくなった。

「潮止まりです。
皆さん少し休みましょう。」

と良二の声に夢中で糸を握っていた皆は糸を巻き上げて、一息ついた。
見ると、詩織と良二が今釣ったばかりの烏賊をさばいて、持参して来ていた皿に盛って船の看板の真ん中に置いて、クーラーボックスからビールやジュースを出していた。

「皆さんここに来て食べて下さい。」

「うわー。
美味しそう!」

生きた烏賊の姿造りの身は透き通っていて、食べるとコリコリして甘味があった。
ビールによくあい、美味しかった。
わいわいと楽しい船上の宴を楽しんでいた時、良二が船の鞆に跳んで行って、何時の間にか仕掛けていた大きく曲がった太竿を巻き出した。
太一が大きな掬い網を持って跳んで行った。
5分位やり取りしていた良二は1m以上あるヒラスを釣り上げた。
太一が網で掬い上げて、皆のところに持って来た。

「ホラ、これが烏賊釣りの外道だよ。
釣った小烏賊をエサにして投げ込んでいると青物や大鯛が掛かるんだ。」

「これ土産に持って帰って下さい。」

と、良二が言って、手鍵で〆て幸一の大きなクーラーボックスに入れてくれた。
そうしていた頃、咲良は直ぐそこに暗闇の中に観える沖ノ島に心を引かれていた。

           沖ノ島

すると、通信が来た。

『そなた、私が分かるのですね?』

「はい、女神様。
貴女様は宗像三女神のお一人ですか?」

『いや、違う。』

「宗像三女神の田心姫神(たごりひめのかみ)様では無いのですか?」

『その名は人間が勝手に自分達に都合の良い様に作った神話で名付けたものである。
私は日乃系統神、日之大神の三女神、名を山武姫之大神と言う。
今は神界席次13を頂いている。』

「すると、あとのニ女神様は天照比売之大神様、玉依姫之大神様ですか?」

『その通り、長女が天照比売、次女が玉依姫である。
次女の玉依には自分の分け魂みたいな龍宮乙姫がおるが、あれはニ神を合わせて一神と同じなので、私が三番目である。』

「はい、玉依姫之大神様と龍宮乙姫之大神様の関係は末代様から聴き及んでおります。
何か御用でしょうか?」

『そなた、この島に上がっては来ないか?』

「いえ、それは、いかに山武姫之大神様のお招きと言えども、無理でございます。」

『何故に無理なのか?』

「現世ではその沖ノ島は『女人禁制』の島とされていまして、私が上陸することは赦されません。」

『馬鹿なことばかりするものだ。
昔は男だけで無く、女人も多くこの島に来て祭をしてくれていた。
男では祭が出来無い。
男の霊能力は低い。
我々と疏通が叶わない。
その癖に慾心ばかり強くて、あの宗像大社を運営する者共が「女人禁制」等という偏見で我のところに近付けようとしない規則を作ったのだ。
そして男にも変な規則を作ったものだ。島に上がる前に我が目のやり場に困るような素裸になって沐浴をしたりしている。
穢れているのは身体では無くて魂なのに、その事を知らぬ者共ばかり来よる。
神界だけで無く、現界の人間共も私を島流しの刑にしているようだ。
すでに私の罪は大御神から赦しを頂いたというのに。
私だけでは無い、宗像大島の中津宮の玉依姫之大神様や辺津宮の天照姫之大神様も、間違った神話の為に未だに本名で呼ばれたことが無いのだ。』

                                                                (つづく)