第三章  怨念の迷走



①  殺害計画

多摩川の畔の「東急ゴルフパークたまがわ」の最終7番ホールのグリーン上に3人の男性が最後の決定の為に競技していた。





「よし、これを入れるとパーで上がりで俺が一番だぞ!」

と権藤次晴という厳めしい体格の男が言ってパターをした。
しかし外れて、ボギーで上がることになった。
それを見ていたヤサ男が、ボールのコースの芝目を読みながら、

「よし、これで勝ったぞ。」

と言ってボールをカップに沈めて言った。

「これでボギーだから、ハンディがあるので俺の勝ちだね。
俺が優勝で、2位が権藤、三位が小山君だね。
これで文句無しだぞ。永山は俺がやる。」

とヤサ男の池沢道夫が言った。

「仕方ないな! それじゃ俺が吉田をやることにしよう。
お前はセンター長の星野をやれよ。」

と言われた小山健一は、

「判った。」

と、最後までパターをせずにボールを拾い上げながら言った。

この三人の男は二年前まで「自由通信社」のクリエーションセンターの有能な社員だったのでした。
今は、それぞれアルバイトで細々と生活をしていたのでした。
しかし、3人は御互いに連絡を取り合い、ある目的を遂行しようと計画していたのです。
3人は自由通信社のマーケチングソリューション局が計画して、作ったorimクリエーションセンターに配属されて、会社の方針通りにマーケチングソリューション局長の星野安治の指示通りの動きをして、会社が計画して国の五輪招致委員会のコンサルタントを全面に引き受け、裏工作の贈賄行為をして、それが露見した時に、そのトカゲの尻尾切りの犠牲となり、贈賄を個人の行為だとして責任を取り、星野局長の善処するから会社のため、国のためにと、人柱に立たされたのでしたが、裁判にかけられ、2年6ヶ月の禁固刑、執行猶予が4年の有罪が言い渡されて、会社からは解雇されて、退職金すら、貰えなかったのであった。
3人は当然星野局長に抗議したが、未だに何も善処どころか、一円の金も貰えずにいたのでした。
そこで、3人は、今日はこの五輪贈賄疑惑事件の主役的自由通信社の星野局長と、当時の五輪招致委員会の会長で、今の五輪組織委員会の副会長の吉田一夫、それに、政治家として関与した今の官房長官永山光男の三人にその責任をとらせる為に、自分達の手で殺害するという計画をたてたのでした。
始めは3人で殺す予定にしていたが、始めの殺しで、もし、失敗すると後の行動が出来ないので、一人一殺として誰が誰を殺すかを、ゴルフで決めていたのでした。
目的は、オリンピック・パラリンピック大会の開催阻止では無く、個人に対する恨みを晴らすということを最大の目的としたのでした。

「俺が始めにやるよ!2人共ありがとう。

ビールで乾杯して必勝を誓おう。」


と権藤が言って、クラブハウスで乾杯して別れた。

梅雨の雨は今日も朝から降り続いていた。
吉田一夫JOC副会長は、林会長が亡くなり、次期会長に仮決定されて、忙しい毎日を過ごしていました。
後、半月もすれば、大勢の各国のオリンピック選手、役員、観戦者がどっと押し寄せて来て、その開会式に胸を張って壇上に立つことになっていたのでした。
今日も会場の視察と準備委員会の進行状態のチェックや、指示の為にあちらこちらに車で走り回っていました。
ところが、後部座席に座って書類を見ていた吉田JOC副会長は湾岸線から渋谷線に行く山手トンネルで、ダンプカーに追突されてトンネル壁に乗用車ごと挟まれて、車は大破して、運転手共々還らぬ人となったのでした。
ダンプカーを運転していた権藤次晴も死亡していた。
ただ、事故死では無く、検視の結果、青酸カリを摂取した中毒死と判明、自殺と断定された。
場所が山手トンネルを渋谷側に出た路肩ということで、吉田副会長の死を確認した後での覚悟の自殺と思われた。
この事故で、仁志捜査一課長は八木公安部長と相談して、自由通信社で権藤次晴のことについて聞き取り調査を行った。
結果、五輪贈賄疑惑事件の責任を取らされて懲戒免職になり辞めたのが他に2人いることが判って、千津ちゃんを呼んで、権藤の今回の行為との関係を検証した。

しばらく、神合わせをしていた千津ちゃんは、

「『自分の生霊がこの男の行動を起こさせた。』と言われています。」

「何だって?」

八木公安部長が聞き返した。

「権藤の生霊が独り歩きして権藤を行動に駆り立てた、ということだね。」

と仁志課長が説明した。

「ハイ、そう言われています。」

                                                                (つづく)