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 (三)ニライカナイ

一応この話は終わったと五島は思つた。
神人達に話の内容を知らせる為、報告書の清書にかかった。
食事の時間も忘れて書き続けていつた。

やつと終る頃になって、まだ終わってないという気がしてきた。
どうにかしてもう一度、ヤチヂ様に話を聴きたいと思つた。
志賀島か、芥屋大門に行けば、あるいは会える可能性があるかも知れないが、最後に奴国歴史公園で話を聴いてから、もう三ヶ月は過ぎていた。
五島は考えたあげく、思いきつて自宅の人祖之宮に灯を付けて、二礼三拍手一礼して聴いてみた。

 「五島家の人祖之宮においでの神々様にお尋ねします。
以前、こちらに来られていた、人霊のヤチヂ様は、もう神界にお戻りになられましたか?」

 すぐに返事が返つてきた。

 『家祖です。
ヤチヂ様はすでにお帰りになられました。
あなたに全てをお話になられたから、安心してお戻りになられました。 
「一人でいいから、神の神実を知つてくれる生宮がおれば、それで良い」

という根元神規の通り、ヤチヂ様は、あなたに伝えたのでお役を終えられたと確信され、神界のやんごとなき上位神であられる夫神様のおそばに戻られました。』

「それではもうお話を聴くことは出来ませんね、もう少し知りたいことがあつたのですが。」

『まだ何かあるのですか? あなたがどうしても言うならば、こちらにおわします人祖之神様にお願いして問い合わせていただくことが出来るかもしれません。
聴いてみてあげましょう。 
何が聴きたいのですか?』

「お願いいたします。
クカミと卑弥呼は逃亡後、宗像大島に隠れ住んでいた後、どうなりましたか? 
楽園へ行く為に沖ノ島へ向つたとは聞いていたのですが、その後はどうなりましたか? 
また、二つ目の金印の行方は? 
今はどこにありますか? 
結末迄聞いておりませんでした。
この報告書を読んだ神人も皆、そう思うと思います。」

『判りました、。
それではそなたも手伝つてください。』

「何をすればいいですか?」

『のり(※156』

「解りました。 のりは三つ全てですか?神呼吸(※157)は何回にしますか?」

『各一』

「解りました。
それでは三全根元のり各一回、神呼吸各一回でよろしいでしょうか?」

 『 そのように・・・。』

 五島は少し間を置いて、いつも神前では胡座(あぐら)をかいて座つていたが、久しぶりに正座になつて静かに瞑想して、二礼三拍手一礼して発声した。

 「 天地根元(てんちこんげん)」 

その後に神呼吸として一回長く深呼吸をした。
また、二礼三拍手一礼して、

「天地大元(てんちたいげん)」

と発声し、神呼吸一回、二礼三拍手一礼して最後の発声をした。

「宇宙大元(うちゅうたいげ)」

神呼吸一回、終りの〆として二礼三拍手一礼して静かに待つた。
一対の灯りとしてつけてある蝋燭の左側の炎がゆらゆらと揺れた。

『家祖です。
 ヤチヂ様は次の様に伝えてくれとのことです。
よく聴きなさい。』

「 ハイ。」

と返事して、五島は急いで手帳を開いて待つた。

『宗像大島の阿曇族にまぎれ込んで、暮らしていたクカミ達は、三年後の夏の終りに、部族長に頼んで、数人の船頭と、船を一隻貰い受け、船出しました。
島を出る前に、クカミは族長に頼んで、長い間、苦労して大量に書きとめた木簡の束を、大和国のイワレ王に届けるように言い残していきました。
大量の木簡の束を積んだ船は、部族長の命令で大和国を目指しましたが、丁度、大和国軍が出雲国攻撃を始めた時に当たり、瀬戸内海の航行が止めれていて通れず、四国の外、太平洋側を回ることになりました。
慣れない航路で、船は座礁し、難破してしまいました。
船が壊れて流れ着いたのは、紀伊半島の潮岬(しおのみさき)だつたのです。

    九鬼文書

この頃、熊野は、狗奴国のヒクミ王の領地となつていましたが、ヒクミ王は出雲国攻めの最中で不在でした。狗奴国がこの熊野地区を領地としたことは、昔からこの地区に土着していた山窩の一部族が、ヒクミ王に対して快く思っていなく、このクカミの木簡は、彼等の手によつて山奥深く隠匿されてしまい、大和国王イワレの手には渡りませんでした。
後年になつて奈良時代の藤原不比等(※158)に発見されて、象形文字から漢字に書き改められ、クカミが書き残した以外の事を色々と書き加えられて、九鬼文書(※159)として熊野別当宗家の九鬼家と名乗る家に代々伝って来たのでした。』

                  (つづく)

 《用語解説》

※156)のり………祝詞(のりと)と同義、祭事の儀式に唱えて祝福する言葉[広辞苑より〕
※157)神呼吸(かみこきゅう)……深呼吸のこと、神と人とが一体になる為に行う[かむなから神業報告
                                                                    書 より〕
※158)藤原不比等(ふじわらふひと)……奈良時代の貴族、律令制度の確立に努め、藤原氏の隆盛の基礎
                                                                                 を 作つた人物[広辞苑より〕
※159)九鬼文書(くかみもんじょ)……熊野別当宗家である九鬼家に伝わる文書、超古代から古代にかけ                                                                                ては神代文字で記され、奈良時代藤原不比等が漢字に書き改めた
                                                                             と 言われている[日本超古代文明のすべてより〕