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やつと十五日が来て、翌十六日の水曜日に五島は、バスと西鉄急行電車を乗り継いで太宰府駅に降り立つた。
普通の日なのに、天神様の出店が並ぶ参道は人出が多かった。
天神様と言つても人霊様だが、この神社はすでに岩之大神様(※124)が御神座されているのではないかと五島は感じていた。
五島は拝殿に向つて、二礼三拍手一礼してから、これから満開を迎えるであろう梅林の間をぬけて、博物館へと向つた。
今この時にも、梅の花を美しく咲かそうと女神様が御苦労なさつているのだろうと感謝した。
いまにも咲きそうになつている一輪の梅の花を見上げて、この花はどんな女神様が担当しておられるのだろうかと考えた。
御神名を聴けたらいいなと思った。

 『あなたも良く知つている若姫君之大神(※125)ですよ。』

とヤチヂ様が教えてくれた。
五島は今日は、なんとなく主展示場の二階を通りすぎて、常設展示場のある三階へと向つた。
薄暗い中を途中迄見て回って、フト目に留まつたのは、小さな印鑑が色々と並べてあるガラスで出来た展示台であつた。
「漢委奴国王」の金印を何故か探していた。
レプリカが飾ってあつた。
五島は本物は福岡市博物館に置いてあることを知つていた。

そう言えば、もう一つの金印があつたはずだが、まだ発見されていないな、と思つた瞬間であつた。
あの伊都国々王で一大率長官のウシが立つていて、何か考え事をしていた。
持つていたムチを振りながら、独り言を言つていた。

 「どうしても金印が必要だ!卑弥呼も金印がなければ話にならない。
卑弥呼に良いお告げが降りなければ、倭国民を団結させられない。
くやしーい! 昔、奴国王達がやつていたように神々に金印を奉納して、各部族長を参列させて、卑弥呼に神祭の姫として神託を皆の目の前で受けさせないと、わしも卑弥呼も奴らから尊敬されない。
尊敬されないと、皆がついてこない。」

ウシ王は卑弥呼に命令書を送った。

 「何としても金印を探し出したい。ある場所を神から聴き出せ!」

と。

        博多志賀島出土の金印

しかし卑弥呼は、神から聴き出す能力を持つていなかつた。
困つた卑弥呼は、ヤチヂ様を探して連れて来るように命じた。
やがてヤチヂ様は卑弥呼の前に連れて来られた。
白い貫頭衣に赤い細帯をしたヤチヂ様の姿は、泥に汚れ髪はみだれ、手足にはひび割れが出来ていた。

今迄、過酷な労働をさせられていたことが、その様子だけで良く判りました。
ヤチヂ様のその姿を目にした卑弥呼は、とても可哀想に思い、召使い達に命じて、顔や体を洗わせ、髪を
整えさせて、手足の手当てをさせました。
本当は卑弥呼は気持ちの優しい、友達思いの女性だつたのですが、神祭の姫で女王という立場と、一大率長官のウシ兄の手前、それ以上のことをヤチヂ様にしてやることが出来ず、衣装だけは取り替えさせましたが、やはり生口の姿の新しい白の貫頭衣と赤い細帯のままでした。

「ヤチヂ殿、苦労をしておられるようですね。可哀想に、私はあなたを助けたいと思つているのですが、兄の手前、理由もなく助けることは出来ません。
兄がほしがつている金印の在りかを、本当にヤチヂ殿は知らないのですか?」

と卑弥呼は訪ねた。

「何度も同じことを....知つていれば私のこの足は折られずにすんだはずです。」

「そうですか....それでは私は貴女の霊能力を知っています。
私が神様に尋ねても答えが出ません。
貴女が私の代わりに神に金印の在りかを尋ねてくれませんか? それが出来たら、兄王に貴女の身分を元にもどす様に頼むことが出来ますから。」

 卑弥呼はヤチヂ様の手をとつて必死な思いで頼んだ。

 「分かりました。私でよければ神様に聴いてみましょう。
でも分かるかどうか、分かりませんが、それでも宜しいですか?」

 「分かりました。よかつた、とにかくやつてみて下さい。」

                 (つづく)

《用語解説》

※124)岩之大神(いわのおおかみ)………龍体神界岩系の長神で、神界を始め人間界での出来事を全て記録                                                                                 される神[かむなから神業報告書より]
※125)若姫君之大神(わかひめぎみのおおかみ)……龍体神界上義系の長神、上義姫之大神の別名[かむ
                                                                                                    な から神業報告書より]