あの少年にも春が訪れますように
この作品は『ポケモンレジェンズアルセウス』を元に書いています。わたし個人の妄想であり、原作の内容とは無関係です。 トントン、扉を叩く音が聞こえる。 客だろうか。返事をして扉を開けた。冷たい風と一緒に雪が入り込む。 ゆき?「ショウさん、誰ですか?」 後ろからウォロさんが話しかけてくる。わたしの目線は外に向いたまま。 外は雪景色だった。「ウォロさん、今夜は雪でしたっけ?」「何を言っているのですか。もう4月も終わるというのに雪など……」 ウォロさんもくちごもる。 確かについさっきまで晴れていたのに。 そういえば扉を叩く音が聞こえた。注意深く目を凝らせば子どもが倒れている。「しっかりして!」 すぐに部屋に入れて扉を閉める。青白い顔で震える姿は、ウォロさんにそっくり。「あ、ありがとうございます」 その子は深々と頭を下げる。「ぼくは…… えっと、ごめんなさい。名前を言いたいけど、怒られちゃうから」 ウォロさんの方を見る。「そう教えられてきたのですよ。むやみやたらに名前を名乗るなと」「わかった。でも、わたし達の名前は覚えて。わたしはショウ。こっちがウォロさん」 ウォロと聞いた途端、少年が反応した。「どうして雪の中で倒れていたの?」「逃げてきたんです。怖い人たちがいっぱい来て、酷いことをするんです」 少年は震えながら話す。「ぽ、ポケモンを虐めるからキライです。たくさん叩いてくるから、い、いたい、です」 ガタガタと震えだす。「つらかったね」「信じてくれるんですか? ぼくのこと、嘘つきってムチで打ったり、タバコを……」「信じるよ。こんなに震えて言う言葉が嘘だなんて、どうして思えるのかしら」「タバコを押しつけられたんです」 少年の腕は無惨なものだった。 カバンからキズぐずりを取り出して、傷ついた体に塗っていく。「だ、だめです! 薬は高いのに」「怪我した人に使ってこそ薬は価値があるの。あなたに使わせてちょうだい?」「父さまと母さまは無事でしょうか」 わたしはウォロさんの方を見た。「さあ、わかりません。ですが、どんな結末でも辛くなることだけは確かです」「まだ辛くなるんですか……」「ええ。世界を憎みたくなるほどに」 ウォロさんの言葉に少年は考え込んでいるようだ。それはそうだろう。今でも辛いのに、これが不幸の入口だなんて。 これから少年は長く深く絶望する。「ぼくは、ぼく、帰ります」 少年は扉を開けた。相変わらず外は猛吹雪だ。真っ暗で冷たくて恐ろしい。「怖いですか?」「はい」 ウォロさんの問い掛けに少年は短く返事をした。少年はこちらを振り向く。「治療してくれてありがとうございます。それから、行ってきます」 そのまま外に駆け出していく。 あっという間に雪に消えてしまった。 びゅおうっと強風が吹き荒れる。慌てて扉を閉めた。扉がぎしぎしと鳴る。 やがて外が静かになり、そっと扉を開ける。 雪なんてどこにも無かった。「あの子は帰ったんですね。辛いことばかりが待っている世界へ」「まあ、大丈夫ですよ。なんだかんだ図太く生きていますから!」「自分で言うんだ……」 わたしは苦笑する。「それはそうとショウさん? 薬代はちゃんと働いて返してくださいね」「わたしが買ったのに」「売ってやったのはワタクシです」「あんな純粋無垢な子が、何をどうやったらイヤミな商人になっちゃうんだろ」「好奇心旺盛なだけですよ」「アルセウス狂いの間違いでは?」「ほら、早く寝ましょう。明日もショウさんをこき使う予定があるのですから」「その予定、キャンセルできませんか?」「ダメでーす」 ウォロさんがクスクスと笑う。この人の相手をしていたら、体を壊されてしまう。 栄養ドリンク、残っていたかな。にほんブログ村