まだ知らないことが多すぎて... | 徒然なるままの思いつきブログ

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 その日に思いついたこと、感じたことの他に、本業の不動産に関すること等を書いていきます。
 曲なども書いたりしていますので、時々youtubeに出していこうと思っていますので、コメント頂ければ嬉しいです。
 沢山の方々とお知り合いに慣れればいいな。

 また知らないことの一つに巡り合いました。

 ホームレスの人が入所しているホスピスというのがあるのですね。

 完全にボランティアの人々で運営しているらしくて、ただその様な方々の給料などはボランティアだから無いとしても、当然入所している人々の食費であるとか、施設運営費はかかるので大赤字の運営だそうです。

 多分、キリスト教系の方の運営だろうなあと思っていましたが、やはりそうでした。

 僕が知らないだけなのでしょうが、目にするものや耳に入ることでこのような活動をしている方々は、キリスト教系の方の活動が目立つように思います。

 僕の知っている範囲でも、戦争中のユダヤの方々のために政府の禁止に反してビザを発給し続けた杉原大使から始まって、今回の話題に至るまで、”人の為に”を実践している方々はキリスト教系の方が目に付きますね。

 最終的にはどの宗教でも心の平穏に至ることを目的としているのでしょうが、まず生活の基盤を確保しないと、どのような高尚な思想であっても心に入る余地が無いのだろうということを考えると、まず現在只今の苦難を救うことが大切だと思いますし、キリスト信者の方々のこのような活動は宗教家として真に正しいものと思います。

 これに対して仏教の方々はどうなのでしょうか。

 仏教の宗派にも色々ありますが、大僧正になってからもこのような活動を続けられたのは真言宗の空海大僧都(弘法大師)くらいでしょうか(この辺は勉強不足で間違っていたら本当に申し訳ありません)。

 誤解しないで頂きたいのですが、ここで僕は、だから仏教よりもキリスト教のほうが......等という比較をしようと思って書いている訳ではありません。

 言いたいことは、各自各自は今ある立場、環境が違いますから皆が同じような活動が出来るわけはありません。

 ただ、だからといって何もしないで、それこそ空念仏を唱えていたところで、人どころか自分の心すら救われないのではないか、今置かれた立場で自分は何が出来るのかを常に考えていかなければならないのではないか、ということです。

 本当に小さな所からでいいと思うのです(仕方ないですものね)。

 お年寄りに席を譲る、赤ちゃんを抱えて階段を昇ろうとしているお母さんの乳母車を持ってあげる、道に迷っているらしい人にこちらから話しかけてあげる、こんな小さなことからのスタートで良いのではないでしょうか。

 そして僕たちがかけてあげた小さな優しさが、それを受けた人が次の人へ優しさをかけてあげてくれれば、そして優しさのつながりが円(縁)になった世界は、きっとすばらしい世界になっていることでしょう。

 そうすれば、先ほどのホスピスのようなものが、宗教絡みでもなく自然発生的に各地域に出来ていく...まさに宗教を超えたユートピアの実現です。

 先は永いです。僕たちが生きている間には、到底実現しないです。

 でも、一歩を進めなければいつまでたっても出来ません。

 子孫の為に誰かが一歩を始めなければなりません。

 頑張りたいと思います。