8月の最後の日曜日(31日)、金沢長町教会は半日修養会を開催しました。前年の修養会はそれぞれの教会員に「なぜ教会に行ってみようと思ったのか?」や「どうして続けて来ることが出来たのか?」「受洗に至ったのはどうして?」などを答えてもらう機会としたのでした。今回はそれをもう少し深く掘り下げて、「では1950年代・60年代の教会はどうだったのか? 私たちは何を受け継いでいて、何を次の世代に渡していかねばならないのか?」を考える機会にしようと考えたのです。当時金沢長町教会員で、現在は南部教会員となられている方にお声掛けして来ていただいて当時の様子をお聞きしました。参加したのは話し手と牧師を入れて16名となりました。
当時は日曜礼拝に大体40人ほどが集っていた事や、その約半分がKKSからの合流組であった事、青年会などの各委員会・部会の活動が活発だったこと、今では開催しなくなった「組会」をほぼ毎月開催していた事などを具体例を挙げて生き生きとお話しくださいました。また、その頃の教会の事を知っておられる方々もおられて当時の様子が手に取るようにイメージ出来、共有できるものが沢山あると思わされた会となりました。
最後に司会者が話し手の方の言葉の中からのキーワードとして「声掛け」・「覚えて祈る」・「活発で楽しいところ」・「受付」の四つの言葉を選び出してくれて、今も昔も大事にしなければならない事は変わらないと再確認でき、併せてメソジスト教会の伝統である「恵みの座」の大切さを考える事が出来たのでした。
50年代、60年代のわたし達の教会の様子を楽しく語って頂きました。
ホワイトボードに書き出されたお話のポイント
引き続き、加藤孔二牧師より、現在計画されている「恵みの座の復活」について説明がありました。写真は以前当教会に設置されていた恵みの座です。
会の最後に、わたし達の教会の大切な先達、葛葉国子さんが詩を書かれた讃美歌398番「わがなみだ」を歌いました。この讃美歌がこの時に与えられたのは大きな恵みでした。
開会前の楽しい食事。参加者から献品頂いた香の物、北海道産の鮭、梨、葡萄、クッキー。