今につながる、産業医の経験
私の経歴を見て、「先生、産業医もされていたんですね」と言われることがあります。私は産業医科大学を卒業しています。なぜ産業医科大学に進んだのか。ものすごく立派な志があった……と言いたいところですが、当時の私にとって大きかったのは、学費がゼロだったことです(笑)。その代わり、卒業後には一定期間、産業医などとして働く義務があります。医師としてのスタートは内科でした。その後、医師人生の中の数年間を、産業医として過ごしました。産業医の仕事は、病院で患者さんを診るのとは少し違います。病気になって病院を訪れる方ではなく、普段は会社で働き、生活している方たちの健康を守る仕事です。どんな仕事をしているのか。どんな生活をしているのか。どんな環境の中で毎日を過ごしているのか。その人の背景まで含めて考える。当時は、その経験が美容医療につながるなんて、もちろん思ってもいませんでした。でも今、美容医療で患者様を診ていると、産業医だった頃に身についた「その人全体を見る」という感覚が、意外なところで役に立っていると感じます。たとえば、唇。私の患者様は40〜60代の方が多く、大人の上品な変化を希望される方が多いです。でも、ときどきカウンセリングをしていて、「あれ?」と思うことがあります。平均より少しボリュームのある、セクシーなリップをご希望されている。そんなとき、「海外の方とお仕事をされることが多いですか?」「ご主人やパートナーは、アジア以外のご出身ですか?」と伺うことがあります。すると、「そうです」と返ってくることが意外とあります。美しいと感じるバランスや、魅力的だと思う顔は、年齢だけでなく、その方が普段接している人や文化、環境によっても少しずつ違います。もちろん、これは唇に限った話ではありません。美容医療では、その方がどんな毎日を送っていて、どんなものを美しいと思い、どんな自分でいたいのかを知ることで、初めて見えてくることがあります。同じ年代でも、同じお悩みでも、似合う治療や目指したい仕上がりが同じとは限りません。お顔だけではなく、その人を見る。医師人生の中では数年間だった産業医の経験ですが、そこで身についた視点は、今の私の診療にもちゃんとつながっています。人生、何がどこで役に立つかわからないものですね