久しぶりにこの言葉を知人から聞く事がありまして、

自分の体験を基に己の考えを書いてみようと思います。

もしも気分を害された方がいましたら、お許し下さい。。。


俺、この言葉を聞いたのは、今の仕事を始めた時ですから・・・

約2年前にこの言葉を知りました。

共依存症って、自己の確立ができていなく、自らを犠牲にして他人を助け、世話ばかりする人というイメージですよね。
俺の身近な人にも多いんです。

常に相手にとって必要な人間であると意識していて、感謝される事を無意識に期待している。やさしさや愛情を持って接すれば、自分を裏切らない、また相手の世話をする事ばかりが先行し、自己満足的な行動へと走り、いつしか相手や自分を破滅に導いていることに気がつかない状況に陥る。。。
そして、更なる見返りの感謝(愛情)を求め、同じ行動を繰り返す。


「人の為にしていた事が、相手ばかりでなく己の身を滅ぼす」

考え方や感じ方、感情は、十人十色。それぞれ感じ方が違う訳なんです。しかし、この感覚を皆、同じであると錯覚され、相手に問題があるのは、自分に問題があると思い込み、自分がもう少し努力すれば、相手が良くなるだろうという楽観的な考えに切り替わり、やがて自分に余裕がなくなると、、助ける行動ができなくなり、「私がいなければあの人は・・・」という自己嫌悪に囚われる。


「我慢して尽くすこと」が美徳という日本特有な文化もその背景にある事も影響があるのか、傾向を見ていますと、家庭環境や人の情に飢えている方にこの傾向が強い感じがします。

俺、自分や家庭が満たされていない(心に余裕がない)人が、他人を助ける事はできないんじゃないかって思うんです。
もちろん、相手を気遣う、思いやりを持って接する感覚は必要です。ただし、相手を助けてあげるという行為は自分が責任をもって行動できる範囲を自覚している人のみが、行うべきであると考えますね。
自分の身の丈に合った行動をするという事です。
自分の行為に酔ってしまっていて、どうもこのバランスを考えずに行動してしまっている人が、多いように思われます。

実は、俺の身内にもいましたので、余計にこの件については、敏感になるんですよね。人間不信になりましたし、経済的にも高い授業料を払う事になりました。。。


だからこそ、人に言葉をかける時は本気で責任のとれる言葉を投げかけなければいけないんだと思いますね。

相手に言ってあげる言葉は、やさしい言葉だけではないはず。

時には厳しく指摘する事も相手の為になる事ですし、それが本当の愛情であると思います。

本当にその人の事を考えているのならね。。。

指摘をするという事は、相手にとっては耳の痛い事ですので、

どこかで嫌われたくないという意識が働き、言わない、言えないという感情が沸き起こります。

これは、俺も理解はできます。

でも、後で必ず後悔するんですよね。。。

だから、俺はストレートに言いにくい事は、ハッキリと言います。

そしてその結果、その人の選択した事は、その人の人生であり、BESTな選択であると尊重し、自分の出来る範囲の中で応援しますね。


ともあれ、まずは自分が何を目標にして生きて行くのかを明確にする事が大事。他人に迷惑をかけない生き方を全うする。

みんな必死にこの厳しいご時世、生きる為に戦っているんでね、

己の家族、生活を守る事を第一として考え、その中で余力があれば、その範囲の中で、できる事がBESTなお世話と考えます。


そしてこれは、共依存症から脱却できる一つの考え方なのではと思います。。。