遠藤周作さんの小説「沈黙」。
舞台は、北西松浦から平戸、生月と、おいらの大好きなドライブルート。
この辺にドライブ行くと読みたくなり、読むとドライブ行きたくなり。
何の「沈黙」かというと、神様の「沈黙」。
クリスチャンだった遠藤さんのことなので、ここはキリスト教の神様。
日本に来た宣教師の苦悩。
無残に次々と殺されていく隠れキリシタンを見せつけられて、
「私の神様はなぜ黙っておいでなのか」と苦悩する話。
「ホントは神様はどこにもいないのではないか」って。
読んでて、「へ?」
びっくりしたのは、この時代の宣教師が、
「物理的に人間を助ける神」を信じていたという事。
奇跡なんかおこして殺されかけてるひとを助け出して、みたいな。
今では、冷静で理性的な全ての「神」の信者たちは、
たぶんこんな風に考えてると思う。
「神様は我々の心の中に必ずおられるし、
それ以外の物理的な場合にはおられないし。
その救済は精神の癒やしであって
物理的即物的な助けではないのだ」と。
まあ、神様の存在や御利益は、、、
物理的に再現可能な、科学的な方法で証明できない。
だからこそ、唯我独尊的な、原理主義的信仰は、
貧困や被差別感や劣等感と容易に結びついて、
暴力と信仰行為を混同してしまうんだろうなー。
難しいこと考えてたら眠くなった。
この話のおちは、
西松浦平戸生月のドライブは、
暗い歴史と神様のことを思い出させる、
でも、単純に楽しい!!ってことで。
なが.
