本書はそもそも著者が大学に提出した学位論文(博士論文)で、それに加筆修正を
加えたものですが、良く調べられており素晴らしい内容でした。
自衛隊(防大生含む)でもない普通の大学生がここまで調べ考えを導き出したことは
(私自身は大学の頃は「遊ぶ」&「バイト」が主体だっただけに)個人的には驚愕に
値します。
論文提出は2010年のようなので今は解りませんが・・・少なくとも当時の大学生は
スゲー!!・・・と心底思いました。
(もっとも・・・そもそも自分と比べている時点が間違いですが・・・)
本書の内容は、『太平洋戦争において海上輸送の保護(今で言うとシーレーン防衛)を
海軍は無視(若しくは軽視)していたとの従来の通説は本当かな?』という検証です。
そして、結論は「海軍だけが悪者ではなく(当時の情勢や当時の一般的認識に基づいて海軍としては出来る事はやっていた)、国家として全体で検討を行えるシステムには無かった。(海軍の中だけでシーレーン防衛をマネジメントするのは無理なのに、統帥権等の絡みから上手く国内の専門知識を共有できなかった)」&「海軍の将来予測能力が不十分(海軍のみの知識・情報では十分な予測に成り得ていない)」としています。
さて、内容は大きくは「戦間期における海上交通保護問題(1章~3章)」と
「太平洋戦争における海上交通保護問題(4章~6章)」で最後にそれらを総括した
「まとめ」・・・となっています。
また、各章の最初に「その章の(検討)目的」、最後に「その章のまとめ」が書かれているので理解し易いです。
各章の内容をザックリみると・・・
先行研究において『「海軍は伝統的に艦隊決戦を重視」する一方で「海上交通保護問題
には関心が無かった」との指摘・批判』について、本当なの?・・・
・・・というアプローチから・・・
1 第1章・・・先ずは、第1次世界大戦からの戦間期の内容
海軍の総力戦認識と戦争観を確認し戦間期の海軍の海上交通保護問題に対する
認識を検討し、当初(戦間期)は「国力が小さい→大規模・長期戦はムリ=1対1で
短期決戦」であり、また戦争で必要な「3大資源(鉄・石炭・石油)は中国大陸から入手や
人造石油開発」と考えており、⇒「海上交通保護は本土周辺が前提で東南アジアは
そもそも対象外≒鎮守府で対応可能」「艦隊決戦の勝利≒海上交通保護」は
当時の一般的な社会通念でもあったため海軍は艦隊決戦を重視して海上交通保護を
軽視してはいない。
2 第2章
鎮守府の実態について(本当に海上交通保護していたの?の観点から)検討しており、
鎮守府は平時において本土周辺海域の警備等を実施し戦時も平時の延長線上として
海上交通保護を行うとの認識をもっていたことを確認しています。
3 第3章
戦間期の日本における『「戦時自給圏」の認識はどこまで?』について検討し、
当時は「本土・満州を中心とする中国大陸・朝鮮半島資源で戦時経済を維持したい」
というのが日本国内の共通認識=「海上交通保護の範囲は本土周辺」は
当時では常識の範疇だったことを確認しています。
→ 但し、具体的に「何処から何を」「どのように海上交通保護するか」
「資源運搬船の確保はどうする」は(統帥権独立のため)国家全体で
検討されていない問題も明らかにされています。
4 第4章・・・ここから太平洋戦争中の内容
太平洋戦争前半の海軍の海上交通保護問題への対応を海上護衛総司令部設置の
経緯に焦点を当てて検討しています。
ココは特に本書を巻末の資料と照らし合わせて読んでもらいたいです。
海軍は既存の認識に基づき一定の海上交通保護態勢を構築しようとしていたが、
戦況の推移(特に損失艦艇の傾向)などが結果として性急に海上護衛総司令部を
設置する程の必要性を見出せなかったという結果を招いています。
5 第5章
海防艦(海上交通保護に使用する軍艦)の開戦後の量産遅延の理由について
検討しています。
ココも巻末資料と“にらめっこ”して読むと戦況推移に翻弄される当時の苦しい
台所事情が伺えます
6 第6章
太平洋戦争後半の海上交通保護問題への対応と「大海令第33号、36号」による
連合艦隊の指揮権拡大(海上護衛総司令部が連合艦隊の指揮下に入った)内容に
関する検討です。
この「大海令第33号、36号」は従来まで海軍の決戦・連合軍重視>海上交通保護
軽視の象徴的事例と見られてきたが、これらの実態は海上交通保護のより効率的な
実施も含めた残存する戦闘力の集中運用であり、この時点では連合艦隊が決戦で
敵航空母艦を撃破しないと航空攻撃による船舶攻撃に晒され海上交通保護も
事実上不可能という実情を鑑みた結果、
海軍は艦隊決戦のみを考え海上交通保護という問題を軽視し、
それが海上交通保護破綻の根本的原因と一概には言えないとの結論でした。
南沙諸島・西沙諸島の領有権の争いから「我が国のシーレーン防衛とか大丈夫なの?」
って思いから手にした一冊でしたが、中々読み応えがある良書でした。