今日、私たちは東亰に帰る。家族の皆さんが家の前で別れの挨拶をしてくれた
「あなたが来てくれてとても楽しかったよ。またいつでも遊びに来なさい」
「そうですね。まるで娘が1人増えたみたいでとても嬉しかったですよ」
お父さんとお母さんが笑顔で挨拶してくれたので、私も笑顔で返す
「私の方こそ、いろいろお世話になりました」
きわさんも、わざわざ見送りに来てくれた
「たくさん着物をくださってありがとうございます」
「どういたしまして。また遊びにいらしてね。もし貴女に似合いそうな着物を見つけたら、とっておいてあげるから」
「あ、ありがとうございます‥」
着物をいただけるのは嬉しいけど、また我を忘れたきわさんを見るのは遠慮したい
「それと、」
「……貴女の白無垢姿を見られる日を楽しみにしているからね」
そっと小声で言われた一言に顔が赤くなる
「まだ、先のことかと……」
「あら、日が経つのなんてあっという間よ」
コロコロと笑うきわさんを前に、顔を赤くし続けていると、春草さんがやってきた
「どうしたの、顔赤いけど。姉さん何か言ったの」
「内緒の話よ。女同士の秘密」
私とアイコンタクトを取りながら答えるきわさん。うん、この話を春草さんに聞かれたら、ものすごく恥ずかしい
「ふうん」
春草さんは釈然としない様子。そんな彼に忍び寄る影が1つ-
「わあっ!」
「っっっ!!」
ビクッと肩を強ばらせた春草さんが恐る恐る後ろを向く。私も彼の背後をのぞき込むと、そこにはよしちゃんが立っていた
「あははー、驚いてる」
「…いきなり何するんだよ」
「そうそう。芽衣ちゃんに渡したい物があるのよ」
「………」
一気に不機嫌になった春草さんを見事なまでにスルーして、私の目の前に差し出したのは栞だった。シラヒゲソウを押し花にしている
「ありがとう。とっても嬉しい!大事にするね」
「どういたしまして。
…あとさ、ミオ兄さんが芽衣ちゃんに贈った桔梗の簪のことなんだけど」
私の腕を引っ張り春草さんから遠ざけ、声を潜めて話すよしちゃんに、私も小声で答える
「うん」
「桔梗の花には『永遠の愛』って花言葉があるの」
「えっ?」
ちらっと春草さんの方を窺うと目が合った。不機嫌そうな顔で「何」と聞かれる。慌てて首を振り、よしちゃんの方に向き直る
「それって、三男治さんも知ってたり……する?」
そう尋ねると、よしちゃんがニヤッと笑った
「知ってるよー。知ってて贈るなんて、ミオ兄さん、相当芽衣ちゃんに惚れてるんだね~」
ボボボッ!と顔に火がついた。春草さんが知ってて簪を贈ってくれたという事実に対してもそうだけと、『惚れてる』という言葉にどうしようもない恥ずかしさがやってくる
今すぐ頭から冷水を浴びたいくらい顔が熱い。たぶん耳まで赤くなっているだろう
「ねえ」
「ひゃあ!」
いつの間にか春草さんが近くにいた。思わず後ずさる私に、怪訝な顔をする
「……何」
「い、いえ!何でもありません!」
ぶんぶんと首を振るけど顔が赤い時点で何かあったのは明確だ。ますます眉をひそめられた
「よしが何かした?」
「う~ん…どちらかと言えばミオ兄さんかもー」
「は?俺が何を‥」
「わー!やめてー!」
思わせぶりなことを言うよしちゃんを慌てて止める。これ以上何か言われたら私は恥ずかしすぎて倒れてしまいそう
「三男治兄さんが何かしたんですか?」
「!!!」
聞いてきたのは唯蔵君だ。心配そうな顔をしてくれてるのはありがたいんだけど………お願いだからもうその件については突っ込まないでいただきたい
「いえ!本当に何も!!」
「そうですか」
意外とあっさり引き下がってくれた…と思ったら
「三男治が何かしましたか?」
「!!!」
今度は為吉さん……
何で皆さん聞いてくるんだろうと思っていたら、よしちゃんと唯蔵君と為吉さんの3人が目を合わせて笑っていた
……まさか、嵌められた!?
「…すみません。貴女の反応が可愛かったものですから、つい」
状況を理解した私に為吉さんが謝ってくれたけど……かなり心臓に悪かった。今更だけどこの3人もなかなか意地悪だと思う
「ですが、素直なのは良いことですよ。そんな貴女だから、三男治も貴女と一生添い遂げようと決めたのだと思いますよ。三男治のこと、これからもよろしくお願いしますね」
「もし三男治兄さんに本気で怒られたときは、為吉兄さんのところに行ったらいいですよ。匿ってくれるでしょうし」
「は、はあ……」
為吉さんから励ましの言葉と、唯蔵君からよく分からないアドバイスをいただいた
「あの、準ちゃんはどこに……」
あと挨拶していないのは準ちゃんだけだ。どこにいるんだろう
「ああ、ちょっと待っていてください」
そう言って家の中に入っていく唯蔵君。しばらくすると、俯いたまま歩く準ちゃんの手を引いて出てきた。私は準ちゃんと目線を合わせようとして、しゃがんだけど、準ちゃんは俯いたままで顔を見せてくれない
「ほら、準。ちゃんと挨拶しなきゃダメだろ」
唯蔵君が急かすと、ようやく準ちゃんが顔を上げる。その顔には、涙の跡があった
「あのね、芽衣お姉ちゃんとかくれんぼできてとても楽しかったの」
「うん」
「もっともっと、お姉ちゃんと、遊びたい、よ……」
そこまで言うと、準ちゃんの目から涙がぽろりと零れる
「お別れ、なんて……やだよ……」
私に抱きついてシクシクと泣く準ちゃん。彼女の頭をなでる私もつい涙がこみ上げてきそうになる
「家に帰ったら準ちゃんに手紙を書くから。そしたら、寂しくないでしょ?準ちゃんもお返事くれる?」
「…うん」
「それに、絶対また来るから。そしたら、いっぱい遊ぼうよ。ね?」
「…うん」
「準ちゃんは何して遊びたい?」
「もう1回かくれんぼしたい」
「じゃあ、次に遊ぶときはかくれんぼしようか」
笑顔で言えば、とびっきりの笑顔が返ってきた
「うん!約束!」
そう言って差し出された小指に、自分の小指を絡める。「せーの、」と言って2人で歌う
「「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ーます。指切った!」」
「ほら、そろそろ行くよ」
春草さんに促されて、私は別れの挨拶を述べる
「本当にお世話になりました。とても楽しかったです」
「芽衣お姉ちゃんバイバーイ。お手紙待ってるね」
「賑やかで楽しかったです。また来てください」
「今度遊びに来てくれた時には一緒に甘いものでも食べに行こうよ」
「次会える時を楽しみにしてるわね」
「また東亰でも会えると思いますから、その時はまたよろしくお願いしますね」
「どうかお元気で。体に気をつけてね」
「ここはもう貴女の家も同然なのだから、またいつでも来なさい」
「はい!皆さん本当にありがとうございました。さようなら!」
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「持とうか?」
春草さんのご実家を離れてしばらくすると、春草さんがそう聞いてきた。視線は私が持つ風呂敷包みに注がれている
「いえ、大丈夫です」
そう答えるも、春草さんはまだ心配そうな顔だ
「それに見た目ほど重くないので」
「いったいその中に何が入っているの」
「えっと、きわさんからいただいた着物と、為吉さんからいただいた春草さんの絵と…」
着物と画集がかさばって少し大きな荷物になってしまっているけど、実際はそんなに重くない
「あと、味噌です」
「は?味噌?」
「はい、そうですけど…」
「何で?もしかしておやつにするつもり?」
「ち、違いますよ!」
慌てて否定するけど、春草さんは疑わしそうに目を細めている
「どうだか」
「本当に違いますからね」
「じゃあ何で味噌なんか‥」
「東亰に帰ったら五平餅を作ろうと思って。本当は作り方を教えてもらえるだけで良かったんですけど、味噌までいただいちゃいました」
「ふうん。君、そんなに気に入ったんだ」
「それもありますけど……」
「何。ちゃんと言いなよ」
本当の理由を話すのは少し恥ずかしい。けれども、春草さんは私が答えるまでずっと待つつもりだ。観念して口を開く
「ええと‥その、春草さんに、作ってあげたくて…」
「…は?」
春草さんの歩みが止まった。必然的に私の足も止まる。想像していたとおりの反応にやっぱり、と心が折れそうになるけれど1度口に出したからには取り消しなんてできない
「だって、東亰では食べたことないんですよね。だったら、私が作ろうかと」
「別に、食べられなくたって構わないし」
「でも、好きなんですよね?」
「…わざわざ君が作ってくれなくてもいい」
「でも…」
五平餅を食べていたときの春草さんは本当に嬉しそうだった
(その顔をまた見られたらな、と思って作ろうと決心したんだけど、でも、いらないって言っているのに無理やり食べさせるのも嫌だな…)
うじうじと後ろ向きな思考に流れ始めた私の頭上で小さなため息が聞こえた
「………山椒味噌」
「え?」
ぽつりと呟かれた言葉を聞き取れず、聞き返すとそっぽを向いた彼の顔
「作ってくれるんだったら山椒味噌がいい」
「は、はい!美味しく出来るか分からないですけど、頑張って作りますね。」
「美味しくなかったら食べないから」
「う……」
とてつもなく大きなプレッシャーをかけられてしまった
これは何回か練習した方が良いかもしれない
春草さんに食べてもらえるように
そして『美味しい』って笑ってもらえるように
「ほら、早く行くよ」
「あ、待ってくださいよ~」
先を行く彼に置いて行かれまいと急ぐ。隣に並ぶと、私の歩くスピードに合わせてくれた
「それにしても山椒味噌が好きだなんて春草さん大人ですね。私は胡桃入りの味噌の方が甘くて好きなんですけど」
「ふっ……」
「ちょっ、何で笑うんですか?」
「いや、君って味覚まで子供なんだと思って」
「味覚“まで”ってどういう意味ですか?」
「さあ?」
「…………………」
「そうやってすぐにむくれる所とか」
「ああ!ヒドい!!」
-他愛もない話をしながら歩く真夏の太陽の下
-彼と共に過ごしたこの夏休みを
-私は一生忘れない