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novels by naecha

「明治東亰恋伽」の小説を書いています
初心者ですが、温かい目で見てください

〈前回のあらすじ〉

『あたし』は画材店で一人の男性に出会い、恋をした
話しかけることもできずにただその人を目で追うことしかできなかったあたしだが、ある日彼に彼女がいると知る
その彼女はなんとあたしの姉だった___









次の日は土曜日だった。朝食を食べようと下に降りると、姉はまだ眠っているらしい。顔を会わせずに済んだことにほっとして、そんなことを考える自分に嫌気がさした
「大丈夫?体調悪いんだったら病院に行く?」
母が心配そうに尋ねてきた。昨日、あたしが夕ご飯を全く食べることもせず部屋に閉じこもっていたからだ
「ううん、もう平気。そうだ、今日も出かけてくるね」
「また公園に行くの?」
「うん」
「あまり無理しないようにね」
「はあい」



(とは言ったものの……)
公園に辿り着いたあたしはベンチに座り膝に乗せたスケッチブックを撫でながらため息をついた
(何してるんだろ。もう来たって意味ないのに)
スケッチのため、とは言いつつ、本当はあの人に会うため(実際はあの人を遠くから眺めるだけ)だったなんて自分が一番知ってる。きっと会ったってあたしがつらくなるだけ
(…もう嫌だ。なにも考えたくない)
そう思って目を閉じた。朝の風は涼しくて気持ちいい。このままあたしの湿っぽい気持ちもどこかに飛ばしてくれないかな、と考えていると、「大丈夫?」と、上から声をかけられた
「え?……………えええ!」
目を開けるとそこにいたのはあの人だった。心配そうにあたしの顔をのぞき込んでいる
「え、えっと、大丈夫、です!」
身を退かせながらそう言うけど、彼はまだ心配そうな顔をしている
「熱でもあるんじゃないの?顔赤いけど」
「い、いや、それは‥」
顔が赤いのは決して熱のせいではない
いや、恋の熱に浮かされているのか……なんて!そんなことを思ってしまう今の自分はすごく変だ
「とにかく大丈夫ですから!心配してくれてありがとうございました」
「ならいいけど」
このまま立ち去ってくれるかと思いきや、彼はまじまじとあたしの顔を見つめた
「君さ、よくこの公園に来るよね。あと画材店でも見かける」
「へ!?」
「あ、人違いだったらごめん」
「い、いえ!公園にいるのも画材店にいるのも全部あたしです」
あたしの言い方が少し可笑しかったのか、彼は少し笑った。やっぱり、笑った顔もかっこよかった
「あ、あの、良かったら、隣どうぞ」
「ああ、ありがとう」
ベンチはもともと3人掛けだから彼が座ったところでまだ余裕がある
「名前、言ってなかったね。俺は菱田春草。君は?」
「あたしは…」
言いかけてどうしようかと悩む。名字を言ったら私が妹だとすぐバレてしまう。でも、名前しか言わないのも失礼だと思い、覚悟を決めた
「あたしの名前は…………」
案の定、春草さんは目を丸くした。けれども、すぐに元の落ち着いた表情に戻った
「君……」
「はい、妹です。あまり似てないですよね」
あたしと姉が似ていないとは、周りからいつも言われていることだ。童顔で愛嬌がある姉とは違い、あたしは大人びていると周りによく言われる
「確かに。どちらかといえば、芽衣の方が子供っぽい」
ふむふむ、と納得した様子の春草さんは興味深そうにあたしの顔をもう一度よく見た
「じゃあ君が芽衣がよく話してくれる妹、か」
「え?」
姉はあたしのことをなんて言っているのだろう。やっぱり嫌っているのだろうか
「あの、お姉ちゃんはあたしのことをなんて言ってるんですか?」
「中学生で美術部に入っていて、とても絵が上手だって聞いたけど。最近、コンクールで賞を取ったんだって自慢げに話してた」
指折り数えながら教えてくれる春草さん。もちろん、あたしがコンクールで賞を取ったことなんて姉には話してない
姐はあたしのことをちゃんと見ててくれてたんだと知って涙が出そうになった
「意外です……」
「え?」
「あたし、お姉ちゃんに嫌われてると思ってました………」
「‥喧嘩したの?」
気遣わしげに尋ねられた声が心に響き、涙がポタポタとあたしの膝を濡らす
「違うんです。あたしが、勝手にお姉ちゃんを避けてて……」
やっと思い出した。あたしが姉を避けた理由
「お姉ちゃん、変なものが見えるって言っては 周りから気味悪がられてたんです」
姉が『嘘つき!』と呼ばれているのを見て、あたしは……
「それで、あたしも同じだと思われたくなくて、気味が悪いなんて思われたくなくて、お姉ちゃんを一人ぼっちにしたんです
 __あたし、最低だ……」
姉の彼氏の前で何を言ってるんだろう。でも、誰かに聞いて欲しかった。本当はずっと、怖かった。姉に嫌われるのが一番怖かったのだ。だって本当は姉のことが大好きだったから
涙が止まらなくて顔を覆っていると、春草さんがハンカチを差し出してくれた。黒猫の刺繍が施されたそれを受け取って目元を覆っていると、戸惑いがちに春草さんが言った
「……あのさ、俺が言っても無責任に聞こえるだけかもしれないけど
 芽衣は君のことを恨んでいないし嫌ってもいないと思う。そうじゃなかったら、俺に君のことを話してくれるはずないだろ」
「はい………あの、春草さんは気味悪いって思ったりしないんですか?」
「変なものが見えるって話?別にその人が『見える』って言うんだったらそうなんじゃない?それを気味悪いとも思わないし、芽衣が嘘をついているとも思わない」
周りの人の言葉なんかに惑わされず自分の信じるものを信じる。私ができなかったことを、今目の前で実践している春草さんの強さを尊敬した。自分も、こうならなくちゃと思った
「そう、ですよね。お姉ちゃん、昔から嘘つくの下手だったんです」
「だろうね。それに、芽衣の目にはむしろ牛肉しか見えてないと思うけど」
「ぷっ!」
春草さんの不満げな表情や言い方が可笑しくてつい吹き出してしまった

2人で声を出して笑っていると、「春草さん!?」と背後から聞き慣れた声がした。振り向くと姉が立っていた。あたしの姿、正確には涙の跡が残る顔を見て目を丸くし、つかつかと怖い顔で春草さんに歩み寄る
「春草さん!私の妹を泣かせたんですか!」
「え、いや、違‥」
「『絵を描く人同士で仲良くしてみたらどうですか?』とは言いましたけど、泣かせるなんて酷いじゃないですか!」
今までにないほどの剣幕で怒っている姉に春草さんが押されている。ああ、あたしは姉に大事にされているんだ、とようやく気づきとても心が温かくなった
とは言え、今のままだと春草さんが悪者にされかねない。あたしは思わず姉の前に立ち上がった
「違うの、お姉ちゃん!」
「へ?」
「え、ええと………」
姉と滅多に話したことのないあたしはこんな時なんて言えばいいのか分からない。けれども、今一番言いたいこと、言わなきゃいけないことは決まっている
「ごめんなさい!」
頭を下げたあたしには姉の表情はみえないけれど、いきなり謝罪されて驚いていることだろう
「今までお姉ちゃんを避けてて…本当にごめんなさい」
嫌なことを思い出させたかな、と思ったけれど。それでも、謝りたかったのだ
「いいのよ。全然気にしてないから。私の方こそ、ごめんね」
頭をそっと撫でる優しい手。こうやって姉に触ってもらえるのだってもう何年ぶりだろうか
「あのね、春草さんが私を泣かせたんじゃないからね。むしろ慰めてもらったというか‥」
「そうだったんだ。ありがとうございます、春草さん」
「ありがとうございました」
「別に、俺は……」
あたしたちにお礼を言われて、春草さんは少し気まずそうだった


「ところで。君、何で来なかったの?」
「ちゃ、ちゃんと来たじゃないですか」
さっきまでの剣幕はどこへやら。冷や汗を流しながら後ずさる姉を春草さんが不機嫌そうに見上げる
「俺が言ってるのは“時間通りに”って意味なんだけど」
………どうやら2人はこれからデートらしい。なのに、姉が遅れてきたことに春草さんは少し怒ってるみたいだ
「私、早起きしたんですよ!それこそ、日が昇る前に‥」
「へえ」
まったく感情のこもっていない春草さんの返事。そして私は姉の言葉に首を傾げた
「あれ?お姉ちゃん、あたしが起きたときまだ寝てたんじゃ……?」
「!?」
この世の終わりのような顔をして私を見る姉に一瞥を与えると、春草さんがあたしに尋ねてきた
「君は何時に起きたの?」
「あたしですか?今日は7時に起きました」
「……だ、そうだ。それで、君は何時に起きたのかな?」
「ええと、」
「嘘ついたら許さないよ」
『ま、すぐに分かるけどね』と付け足した春草さんの眼力に負けたらしく、何度か口の開閉を繰り返した姉は蚊の鳴くような声で答えた
「……………………………9時です」
ピクッと春草さんのこめかみが引きつった
「待ち合わせの時間はいつだっけ?」
「く、9時、です」
ああ、これは怒られても無理はない。ちなみにただいまの時刻は9時30分。30分も遅刻したことを責めるべきか、30分で身支度を済ませたことを誉めるべきか……
ちなみに、春草さんと会ったのは8時55分だったから、実際のところ彼は35分待っていたことになる
「へぇ、じゃあ君は起きてすぐここに来れると思ったんだ。すごい自信だね」
「ごめんなさい!!」
頭を下げる姉にため息を一つこぼすと、春草さんは立ち上がった
「もういい、時間がもったいない。早く行くよ」
そう言って姉の手を握った春草さんがそっと姉に耳打ちをする。すると、みるみるうちに姉の顔が青ざめていき、救いを求めるようにあたしを見た
「ねえ!私たちと一緒に来ない!?」
「……遠慮します」
どこの世界にデートするカップルに嬉々としてついて行く妹がいるというのか

「そうだ。これ、ありがとうございました」
あたしは春草さんにハンカチを返すと隣にいる姉にこっそり耳打ちした
「素敵な彼氏さんが見つかって良かったね、お姉ちゃん」
「!?」
一瞬にして顔を赤く染めた姉。こんなにも表情豊かな人だったんだと初めて気づいた
「じゃあね」
くるりと背を向け歩き出すと、後ろから2人の話し声が聞こえてきた

「なに顔を赤くしてるの」
「な、なんでもないです!」
「ふうん。ほら、さっさと行くよ」
「あの、春草さん!さっきの‥‥」
「遅れてきた君が悪いんだろ。もう諦めたら?」
「そんなぁ~」

次第に離れていくあたし達の距離。まだ心は少し痛むけれど、でも素直に2人を祝福できる
「さて、今日は何を描こうかな」

生まれて初めて恋をした

生まれて初めて失恋をした


あたしの初恋は綺麗で柔らかな若草色で彩られ

青春の1ページに刻まれた