こっくりこっくり、話を聞くだけの歴史の授業は退屈で首が動いてしまう。先生のおっとりとした声がさらに眠気を誘って、私は夢の中へ旅立っていく____
「
名指しで指名されるとともに、チョークが的確に飛んでくる。眉間を押さえた私に、先生は困った顔で笑っている。周りの生徒たちはくすくすと声に出して笑っている
「すみません……」
ノートを見ると、そこには書いた覚えのない文字があった
『散歩してくる ハル』
どうやら彼も聞くだけの授業は面白くないらしく、今頃他の授業を見学しているのだろう
(いいなぁ、私もお散歩……)
「祓実さん、目を開けたまま寝ては駄目ですよ」
上の空で授業を聞いていた私に、本日二度目のチョークが飛んできた。痛みで我に返った私は今度こそ集中して話を聞く。今日の授業は禁忌を犯した牧師さんの話だ
「ですが、禁忌の代償は大きく彼は衰弱死してしまいました
いいですか、皆さん。牧師の優しさは尊敬に値しますが、決まりを破ってはいけません。そのことをこの出来事から学んでください」
先生が言葉を切ったタイミングで終業の鐘が鳴り、彼女が出て行ってしばらくしてから春草様が戻ってきた
眉間が赤い私の顔を見て、その顔が笑ったように見える
『寝てたんだ』
「別に、寝ようと思って寝てたわけじゃないですよ」
『へえ?じゃあ、何の授業だったか覚えている?』
「えっと、天候操作の禁忌を犯した牧師さんの話です。神々の創りたもうた自然の摂理に反するから駄目なんですよね」
どの魔法が禁忌かというのを決めているのは王家だ。だから春草様もその辺りの知識は詳しいだろうと確認のために聞いた。ところが、私の言葉に春草様は悲しそうに目を伏せた。心なしか髭も元気がなく垂れ下がっている
『……………表向きはね』
「え?」
『大規模な魔法ほど、体にかかる負担は大きくなる。天候操作っていうのは広範囲にかける魔法だから、体にかかる負荷は並大抵のものじゃない。だから牧師は衰弱死した。本当に神々の怒りに触れた場合、そんな生やさしい死に方をするはずがないだろ?』
「言われてみれば………それがどうして、神様の話になったんですか?」
『真実を公にすれば、自分は魔法が強力だからどんな大きな魔法でも耐えられる、なんてことを考える無謀な人間がきっと現れる。そういう気を起こさせないために、尤もらしい理由をつけているんだよ。たいていの禁忌の魔法はそういうのが多い。本当にしてはならない魔法も中にはあるけれど』
「へえ…………天候操作だったら春草様はできそうですけど」
『何が悲しくて死の危険を冒さなくちゃならないわけ』
「それもそうですよね、すみません」
小声で会話を交わしていると友達が我慢しきれないという面もちでやってきた。家でも猫を飼っているという彼女は慣れた手つきで春草様を抱き上げる
「ハル~、どこ行ってたの?」
「みゃあ」
すりすりと友達に甘える春草様はさっきまでの深刻な面もちとは違って、可愛らしい猫そのものだった
その後の授業では、春草様は教師に見つからないようこっそりと私の陰に隠れながら授業を眺めていて、とても楽しそうだった
そして私的に待ちに待った昼ご飯の時間。だけど春草様は『庭を散歩してくる』と言って私の元から離れてしまって教室にはいない。「ハルを触りたかったのに!」と友達から文句を言われたけれど。でも春草様には少しでも自由を味わってほしいと思う
「あ、ハルだ!」
昼食を食べ終えた頃、友達の1人が庭を指さした。その指を辿ると春草様がゆっくりと噴水の縁を歩いていた。日の光を浴びて輝く柔らかな毛並みに皆が見とれていると、不意に春草様が上を見上げた
次の瞬間、春草様に向かっていくつもの氷の柱が降り注いだ