「正しくあれば幸せになれる」
と いつからわたしたちは信じてるんだろう
「正しさ」が
いつのまにか
わたしたちに権威を振るう
まるで人生の主人のように
人生はいつも「選択」の連続であり
わたしたちはいつも「分かれ道」にいて
人生を充実させたい と 願うときわたしたちは
「正しい選択」「ただしい決断」を下したいと思う
正しい選択は 正しい人生への必須項目であるかのように
そのために学び
そのために努力し
そのために怖れる
基準を作り出し
基準を満たすことに躍起になる
でも 胸に手を当ててよく感じてみよう
「正しさ」はわたしたちを幸せにしてくれているだろうか
「間違っていたら愛されない」
「間違った決断をしてしまったら、人生の目的を叶えられない」
「間違ってしまうと幸せになれない」
それは ほんとうだっただろうか
世界にはたくさんの「正義」が溢れている
正義を歌いながら人は人を殺す
武器をつくる
正義と信念のために人は人と別れ
国と国が分かたれ
戦争は繰り返されてきた
正しいの反対側にある「過ち」とはいったいなんのことなんだろう
幸せの反対側にある「不幸」とはいったいなんのことなんだろう
それはほんとうに「反対側」にあるのだろうか
「極性のない平和」について考える
反対側に「戦い」という極を置かれていない平和とはなんだろう
しまいゆみこ(ameba)ブログより