心穏やかないい元旦。
心に捩れがなく、外も晴れていて静かな朝。

頭に浮かんだ言葉は、明鏡止水
邪念のない、落ち着いた静かな心境。

 

 

介護沼からの卒業

 

ここに至るまで忙しく変化して、
色んなことを書けずにいた。

父の死亡直後で
対応に追われた2年前の元旦は、
怒涛の変化の真っただ中だった。

母の自宅での介護が
八方塞がりだった1年前の元旦も、
もう思い出せない。

昨年1月
藁をもすがる思いで、妹と一緒に
「親不孝介護」の著者さんの
有料カウンセリングを受けた。

「家族が犠牲になりすぎ」
「年間700件の相談のうち、10本の指に入る酷さ」

だと伝えられ、
「そうか、そんなにヤバイのか!」
と認識した瞬間、

良さそうな施設が突如浮上し、
約2か月で入居した。

母が逃げ戻ることも、覚悟していたが。
施設で規則正しい生活と
毎日2回の足マッサージを受けたら、
体調好転を母本人が認識でき、
帰るとは言わなかった。

マッサージが上手いのか、
職員さんを「勉強熱心」とも言うくらいで。

デイサービス施設や
訪問介護ヘルパーさんの
悪口ばかり言っていた
数年間の母はどこへやら。

まあ、他の入居者のことは
好きじゃないみたいだけど。。

職員さんと上手くやっていて、
出戻りがないとわかれば、
私の生活にも新たな選択肢が出来る。

そんな1年間の変化を経て、
ようやく捩れのない状態になってきた。

母が残した問題は色々あれど、
最大の山はもう越えたのだ。

 

 

斜め上の選択

 

施設にも色々タイプがあり、
それまで妹と複数の施設を見学して、
母にショートステイを試したが。
そのたびに大混乱になり、
入居は難しそうだった。

しかし、カウンセリングで
気を取り直して、
一番避けていたタイプ
妹と見学に行ったら。

「ひょっとして、これはいけるのでは?」

それまでと全く違う面で、そう感じたのだ。
決め手は3点。

・近くに広大な公園があり、
 そこが散歩リハビリのコース
・経営者夫婦が同郷(珍しい)で世代が近い
・食材は生協中心で、国産肉にこだわり
 (母の以前のこだわりと同じ)

「寝たきりにならないように、
 公園での散歩リハビリしてみたら?」

この施設でこそ言えるセリフで、
打診ができたのだ。

母の信頼する医師や整体師さんも
「施設でのリハビリ」を勧めてくれ、
なんとか入居にこぎつけた。

完璧ではないので、私と妹は
「自分が入居するなら違うな」
と感じた点は色々あるのだが、
母に違和感が少ないことを優先。

あまりに意外な決め手で、
進む時はほんと想像の斜め上の道
開けるもんですね・・・。

そして、
母が入居して落ち着いてきた秋、
ふとあることに気づいた。
 

 

旅行運最強の理由

 

南米とかアフリカとか、
未開の地も私は色々行ったけど。

台風でも私の搭乗便だけ飛ぶとか、
初めての寝坊で事故を避けたとか、
旅先での「運がいい」話は
私には山ほどあり、
ここでも少し書いたことがある。

ひょんなことで、
「なぜ旅が好きか」を書いていた時、

「あー、私の旅行運が最強な理由はこれだわ」
と気づいた。

それは、旅先での私が、
楽しむことを諦めていないから。

私が楽しむためだけに、
全て私の気分で決め、
決断に遠慮がなく、濁りがない。
だから直感が冴えまくる。

これが普段の私と違うのだ。
普段は、無意識にどこか
セーブしているのだろう。

私は旅行運最強なのではなく、
素になると最強
なのだと。

未開の地では驚くことも多々あれど、
現地のルールや文化は受け入れ、
枠を広げることが出来るのも
現地で楽しむには必要だから。

それも、普段から
やればいいだけだったのだ・・・と。

 

 

捩れを外す日々

 

年末にTBSの
「海に眠るダイヤモンド」を見た時、
高齢者が昔の思い出を
握りしめる様を体感した気がして、
親の思い出に無頓着すぎたなと感じた。

私に墓守をさせたかった
両親に引っ張られたくなくて、
わざと様々な親の思いを
避けていた部分はあり、
そこに罪悪感も少し感じた。

でも、過去の事実は変えられず、
結局は「今」を捩れなく
まっすぐ見るしかないのだな
と思うに至った。


そして今、少しずつ捩れがとれて、
余計な枠が外れてきた気がする。

今朝、「明鏡止水」が頭に浮かんだ後、
開いたSNSで見た友人の元日の
故郷にそろった大家族写真の背景は
瀬戸内の穏やかな水面と山々で、
その美しさに見惚れてしまった。
(写真は違うけど)

 

いったん「明鏡止水」に触れたら、
日常生活でもその世界観に
入る機会は増えるはず。
旅先で普通に起きてたシンクロは、
日々の生活でも起きるだろう。


そして、水面は穏やかでも、
静かな胎動が始まっているはず。
本格的に介護沼から卒業して、
捩れなく進む日々を増やしていきたい。


2025年元日

~瀬戸内の夜明け~