『天国と地獄』(日本、1963年)
を観た。
大手製靴会社「ナショナルシューズ」の重役で靴工場監督者の権藤金吾。
重役たちが結託して現社長を追い出そうと画策する中、
権藤は株を買い集め、会社を手中に収めようとしていた。
株主から5000万円の株を買い取る大きな取引の前夜、息子を誘拐したと電話が入るのだが・・・。
黒沢明監督作品。
全編モノクロ。
テンポが良く緊張が途切れないエンタメ社会派サスペンス。
フレームを意識させる画作り
舞台のようにここからここまでが目に触れる場所、と境界が決まっているかのように
部屋にいる人物たちがカメラのフレームに収まるように配置されているのが
あまりにも意図的で気になる。
豪邸内では、犯人からの傍受に備えて警察が室内で待機するシーンはそれぞれの位置にスタンバイしながらもきっちりとカメラの枠内に収まっているし、
遠くにいた妻が権藤と警察が3人で腰かける椅子(権藤と警察のシーンは画面で三角形が形成されている)までやってきてカメラの真ん中でピタッと止まって印象的な台詞を述べるシーン、
警察本部で多数の警察官が集まる会議シーンとマスコミ向けの会見のシーン。
大勢の人が集まるシーンはこれでもか!と大勢の人がコンパクトにぎゅっと映像内にまとまっている。
現実ではもう少し距離を取ると思うけど、所狭しと箱に入れられているみたい。
画面が切り替わる前にピタッと静止しているのが、当時の映画の基本形なのかもしれないけど
日常の中にカメラを置くのではない作為的な映像が見どころがある。
役割の明確さ
仕事人である権藤は命そのものとまでに大事な仕事人生をかけた合理的判断で金を渡すまいとするが、
妻だけが感情的に反対をし続ける。
妻は母性の名のもとに感情や情緒を代表する役割になっているのが、
当時の価値観で女性といえば感情的で優しいものなんだろうけど、ステレオタイプすぎる。
妻は、権藤の心の声の映像的代弁者。
表面では理性的でドライでも、心の中ではしっかり揺れているのを妻を通して観客に伝えている。
自分の人生そのものと思うほどにアイデンティティと一体化した生きがいを妻は
仕事なんてなんとでもなる、と軽く言うのには苛々したけどね。
ではあなたがお金を自分の力で工面してくださいよ。実家が裕福なら実家に借りれば?
巧妙なのは、権藤の息子ではなく間違えて、運転手の息子が誘拐されたところ。
他人の子ではあるもののまだ幼い子どもであり、権藤の息子と間違えられたのが誘拐の理由なので
権藤には関係がないと切り捨てるわけにもいかない。
運転手自身がお金を工面したりはしないし、権藤にすがりつくことだけが彼ができるすべて。
運転手は、普段の仕事もそうだけど、権藤の影響下の人物であり権藤から独立しない。
犯人
権藤が重役連中ともめており、ナショナルシューズにとって一大事のタイミング。
株買収のための大金を狙われるという完璧なタイミングの誘拐事件なので、
黒幕は重役やオヤジと呼ばれる社長なんじゃないかと思うが、ナショナルシューズとはまったく違う人物が犯人で拍子抜け。
そんな偶然あるの?と突っ込みたくなるけど、
犯人役の山崎努さんが現れると、そんな違和感も感じなくなる。
権藤役の三船敏郎の迫力にも飲み込まれない存在感で、映像に引き込まれる。
犯人の竹内銀次郎はインターン(研修医)で、貧乏暮らしももうすぐ卒業というところまで頑張ったのに
ここで犯罪を犯すのはあまりにももったいない気がするよ。
警察の暴走
エンタメ作品として飽きずにテンポよく進んで面白いんだけど、
2026年現在の倫理観からすると看過できない問題がある。
豪邸は差し押さえになって財産を失い、失脚して会社にもいられなくなった権藤のことを仲代達矢演じる警部は
「権藤さんは終身刑も同然だ。誘拐犯は死刑がふさわしいのにこのままでは死刑にならない。
次の殺人を犯させて死刑になるまで泳がせよう」というようなことを言う。
この警部の私見が極めて危険思想であり、人命を軽視しているように見える。
犯人は最後、死刑になる。
それも、誘拐(誘拐された子は無事帰宅)に加え
共犯者2人を殺害ののち共犯者の毒見役で麻薬中毒者を1人殺害という罪が重なった結果だけど、
警察は共犯者2人と麻薬中毒者の殺害に関しては憤りを感じておらず、
誘拐事件による権藤の苦悩にばかり肩入れしているようにしか見えない。
共犯者と麻薬中毒者の命を軽く扱いすぎじゃないか。
少なくとも、麻薬中毒者の巣窟に出向く前に逮捕していれば麻薬中毒者1人は死なずに済んだよね?
正義のための犠牲ってこと?それは警察が決めるの?人の命は重い。
権藤は確かに失ったものは非常に大きいけど、幸いにも子どもが無事に帰ってきたことと
全国的に良いイメージで名が売れたこともあるし、手に職のある人物で再起はできる。
犯人を確実に死刑にせねばならぬ、と義憤にかられるのは行き過ぎているように思える。
後味が悪い。
1960年代の横浜
舞台は横浜で、江ノ電もあれば江の島も登場する。
現在は横浜に住んでいるので、当時の横浜の映像には心惹かれるものがあった。
権藤金吾っていかにもお金持ちそうな名前だよね。

