『ドライビング Miss デイジー』(アメリカ、1983年)

 

を観た。

1948年のアメリカ・ジョージア州。

ユダヤ系の元教師の老婦人ミス・デイジーは、車のちょっとした事故を起こしたことで息子に心配され、

初老のアフリカ系男性・ホークを運転手として迎えるのだが・・・。

 

 

※物語のラストに触れています。

 

 

人生の終盤戦にまた観たい、

静かに染み入る素敵な映画。

 

 

ミス・デイジーのキャラクター

まだ黒人差別が色濃く残る時代のアメリカ南部で、

ミス・デイジーは新しくやってきた運転手ホークにも冷たい。

ただそれは人種差別ではなく、ミス・デイジーが気難しい人間で

ユダヤ系なので運転手を雇うことでいかにもな成金趣味に見られることに抵抗があり、

新しく出会った人に気ごころを許すのに時間がかかるタイプだからなんだよね。

 

ミス・デイジーは偏屈でがんこ。

字の読めないホークに文字を教える際、バウアーの文字をBとRだけ教えて、

目的の文字にたどり着かせるところなんか、甘やかさない姿勢がピリッと辛いよね。

 

そんなミス・デイジーに息子も手を焼いてお手上げ状態だけど

ホークは親切ながらもへりくだったりはせず、ミス・デイジーに優しい態度で接し続ける。

憎まれ口をたたくミス・デイジーに対して、ホークは余裕の笑みでチクリと軽妙に切り返すのが

観ていて心地良いんだ。

 

ミス・デイジーは気難しいので友人がいないのかと思いきや、人に囲まれておりパーティーでは多くの人が集まる。

パーティーのときも、パーティーのときでなくても

ミス・デイジーはいつも華やかな装いをしていて、オシャレだ。

 

2人の友情

2人の友情が25年以上の年月で徐々にゆるぎないものになっていく過程がとにかく素晴らしい。

 

ラストでミス・デイジーは認知症になってしまっても、厳格な態度でい続けるのも良いよね。

そんなミス・デイジーのもとへ今ではもう歳をとって車の運転ができないホークが孫娘の運転で老人ホームにやってきて

いままでと変わらないやり取りを交わす。

このラストは観ていて涙腺が崩壊するという類の感情ではなく、じんわりと胸があたたかくなる。

 

白人の老婦人と黒人の初老運転手の25年以上にわたる友情、というあらすじでは

この作品の魅力は一切伝わらないと思う。

 

題材だけ聞くとしんみりと静かで眠くなりそうな映画かと想像するけど、全くそんなことはない。

ミス・デイジーとホークの掛け合いは賑やかで、

25年以上の月日がごく自然に流れていくなかでも、

明確に黒人差別を受けるシーン、キング牧師の食事会、老いによる変化、ある人物の死など

印象的なシーンが続くので、集中力を切らすことなく引き込まれて観てしまう。

 

 

とにかく素敵なんだ。