『晩春』(日本、1949年)
を観た。
妻に先立たれた父(笠智衆)と娘(原節子)の二人住まい。
父を心配して結婚に乗り気でない娘と、娘が婚期を逃すことを心配する父。
娘の結婚にまつわる物語。
原節子追悼として、あらためて観賞。
原節子といえば、小津映画のヒロインといった印象が強い。
原節子。清潔かつ華やかな美貌の持ち主。
彼女を初めて知ったのは、大学一年の講義のときに観た黒沢明監督の『白痴』だった。
『白痴』はドストエフスキー原作のロシア文学なのだけれど、舞台を日本に置き換えているのね。
原作でのナスターシャは、那須妙子として描かれるのね。
その那須妙子を演じていたのが原節子なんだけれど、
舞台は日本ということを充分に理解していたのだけれど、なんとなくロシア的な印象が頭から離れなくってね。
彼女の、日本人離れした美貌はロシアとの混血なのでは、とフトそんな想いを巡らしたりした。
マア実際のところは、彼女は生粋の純然たる日本人なのだけれど。
さて。
小津映画の常連といえば、原節子、笠智衆、佐田啓二といった感じで、
この作品の主演は常連二人で、親一人子一人で娘を嫁がせる親の哀愁に迫ったホームドラマ。
小津映画のパターンの始まりの作品。
何かと世話を焼くおせっかいな叔母役には杉村春子先生。
うーん。良い味出してる。
作中、原節子演じる紀子は、平常ニコニコしているのね。笑顔を絶やさない気立ての良いタイプなの。
それでね、後妻を迎えた知りあいの中年男性に向かってね、
「不潔よ。けがらわしいわ」って言うのだけれど、責め立てるような口調じゃなくって、
いたずら猫みたいにニコニコして告げるのね。
そしたら相手もね、「コリャよわったナ」ってニコニコ笑って返すのよ。
この会話ってすごく際どくて、険悪な雰囲気になりそうなものなのに、
二人の品の良さとか人の良さで、イヤ~なムードにならずに済んでいる。
それだけじゃなくて、女友達のアヤちゃんとも、顔はニコニコしているんだけれど、
自分の想いを主張して反撥したりするのね。
言い方や表情が厳しいものであれば緊張感のある場面になるのに、
そうはならない独特の掛け合いがすき。
そんなヒロイン紀子は、父の再婚話には嫌悪感をあらわにするのね。
そのときはいつものような笑顔はどこかに仕舞い込んで、本当に厳しい表情なの。
紳士でいやらしいところがない父のそばにずっといたいという気持ちが分かる。
武骨なタイプじゃなくって、知的で品のある話し方をするの。感情的にならないし。
二人で能の舞台を観にいったときの様子も、とてもステキね。
スーツに帽子をかぶって、この後小料理屋へ行くかい。なんて誘っちゃってね。
あいにく紀子は行きませんでしたけれどね。
どんなに居心地が良くても一生このまま二人で暮らすわけにはいかないという父の葛藤。
娘の幸せを願って嫁いでいって欲しいという親心と、最愛の娘を手放す父の寂しさ。
娘を見送り、再婚話は娘の結婚を後押しするための嘘でこのまま一人で家に残る、と決めた父の哀愁。物悲しさ。
古き時代の生活の営みに、胸が詰まる。
永遠のマドンナ。
