『明日に向かって撃て!』(アメリカ、1969年)
を観た。
1890年代のアメリカ西部。
銀行強盗を繰り返す実在のお尋ね者の二人組、ブッチ・キャシディとサンダンス・キッドの物語。
アメリカンニューシネマの傑作のひとつとして認識されている作品。
まず、邦題がカッコイイよね!
ビックリマーク付いちゃってるし。本当に明日に向かって撃ってるの?そんなにだいそれてる?
あらん。そんな事は問題じゃないって?すみませんネェ。
銀行強盗っていっても、舞台は1980年代なので現代みたいに情報化・システム化されていないし、
無茶なことをしても中々つかまらないのがノスタルジック!
逃亡するときは馬に乗って逃げるのね!
ワーオ!ノスタルジック!
ストーリーとしては、強盗→逃亡→強盗のシーンが繰り返される単調なストーリーだと思うの。わりとね。
それをストップモーションのモノクロフィルムを随所に差し込んで演出にこだわって飽きさせないようにしてるんだよネェ。
緊張感あふれるはずの刺客との攻防でもまろやかなスキャットが流れているし、前時代の自由への憧れや逃亡を懐古主義的に、うすもやがかかって映像がぼやけるほどにはノスタルジックに描こうとしているよね。
希望を持って自由を求めて、大陸を移動して、この場合はボリビアだけれど、外国に抜け出そうとする、って感覚はとくにこの頃のアメリカでは盛んな行動なのかもしれないけれど、
島国日本の感覚とはまた違うよナァ。
悪党でもお尋ね者でも、別の国に抜け出せば受け入れてくれる土壌があるって思えることは、夢があるよねえ。
作中、彼らにとってボリビアは夢の国ではなかったわけですがね。
ボリビアで強盗をしなければ、
季節労働者とか、移民としてのカタギの働き口はあったと思うんだよナァ。なーんて、それはこの映画の本質やイデオロギーに反するけれど。
ラストシーンのストップモーションは既視感があって、オッ!とも思わなかったのだけれど、
ああいう最期の煌き、最高潮の高揚を表現する手法として、ストップモーションを用いた源流なのかな。
オオモトなんでしょうな。
うーむ。
牧歌的というかノスタルジックというか、
悪党でもお尋ね者でも夢をもって羽ばたいていこうとする健気さ、若さゆえの煌きにはクラクラしちゃうね!
あなたの起源がどこにあろうと?愛するって誓う?
それは簡単に、答えられない問いかけだわ。
