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西原理恵子 『ぼくんち』 上・中 巻(文庫)




を読む。




とんでもなく悲惨な状況を、とびっきりの笑顔で笑い飛ばす。


この一文に尽きるね。




『パーマネント野ばら』でも思ったことだけれど、


画がとってもかわいらしいから、大いに油断する。




まさかここまで凄惨な日常が描かれる、なんてびっくりだ。




善悪なんて意味がないのかもなあと思う。


一生懸命生きて、間違ったとしても、とりあえず人の道を外れなければいいのかもしれない。


人の道、というのは、大切な人を大切に扱う、ということ。




『ぼくんち』の世界では、


子どもは親の格差を完全に引きずり、日陰の人生まっしぐらだ。


びんぼうからは絶対に抜け出せないことを、かわいそうに産まれた瞬間から悟りきっている。




男女どちらに産まれたかがとても重要で、産まれた瞬間に将来の職業が決定する。


男性に産まれたら、刑務所から出たり入ったり弱肉強食の世界で暴力で生計を立てる。しかない。


女性に産まれたら、「おまた」の稼ぎで生計を立てる。しかない。




それでも、自分の人生を呪ったりしないし、人を恨めしいと思ったりしない。


みじめったらしいと一瞬思ったとしても、人生に誇りをもって明るく笑い飛ばす。




西原理恵子の漫画を読んで、泣いてしまう気持ちはわかるなあ。


画はかわいいのだけれど、完全に大人のための漫画で、


厳しい状況でも一生懸命に行動する素直さや、間違いだらけの言動や、一向に好転しない現状を


すべてまるっと引き受けて、受け容れている姿勢に、胸打たれるね、まったく。




『パーマネント野ばら』でも思ったことだけれど、


西原理恵子の漫画の登場人物は、人に優しい。


差別や偏見を持たれる側の人間だからかもしれないけれど、


基本的にその人の属性とか付属的な要素には関心がなくて、自分にとってどのような人間かということがとても大切。






















なんだってする、から、


わたしのこと、そばに置いておいて。