ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』人物事典104(114人目)

 

~リーズ(リーズ)~

 

・リーザ⇒リーズ…イワンに惹かれてからは、「リーズ」という愛称ではなく、「リーザ(リザヴェータの通称)」で呼ばれる。

 

・リーズ…ホフラコーワ夫人の娘。天使アリョーシャを無邪気にからかう「リーズ」から、確固たる信念を持った戦士へと覚醒した「アレクセイ」を誘惑する「リーザ(小悪魔/イワンの影)」へ変貌する。「長老の腐臭(善の敗北)」をきっかけに、信仰から科学へと感情のままに鞍替えした母ホフラコーワと同じく、「フョードル殺し(悪の勝利)」をきっかけに、アリョーシャからイワンに乗り換えた。「指のケガ→イリューシャの葬儀の白い花」のモチーフと「悪魔イワンの浄化」から、リーズがふつうの女の子に戻ってくれたことは期待できる。ただし、スメルジャコフの母リザヴェータと同じ名前が与えられているという呪いがかかっている。半年近く両足の麻痺を患っている。十四歳(コーリャと同い年)。【⇒第2編:場違いな会合3 信仰心のあつい農婦たち】

 

 リーズ:「あなたがあの人のことを離さないの?」

 長老がお祈りをしてくれたおかげで、熱が下がり、一分立っていられたそうだ。長老にお礼を言うように母に言われると、ふいにげらげら笑い出し、「笑ったのはね、あの人のことよ、あの人のこと!」と、アリョーシャを指差す。母がアリョーシャに、カテリーナの言葉を伝え、アリョーシャが承諾すると、「まあ、なんて親切で立派な行いでしょう」と感激する。そして、全身にわかに元気づいて、「あなたってなんてすばらしい人なの! あなたはすばらしい人って、ずっと思っていたわ。だからいま、それが言えて、わたし、うれしい!」と言って、母親にたしなめられる。

 その後、アリョーシャが恥ずかしがるのがおもしろくて、アリョーシャをじっと見つめていた。アリョーシャが振り返ると、大声で笑い出す。長老が「おてんば娘さん!」と注意すると、リーズは顔を赤らめ、きらりと目を輝かせ、「ちっちゃなあたしを抱っこしてくれたり、一緒に遊んでくれたりしたのに。」と不平をもらし、「あなたがあの人のことを離さないの?」と言って、神経質に笑い出した。長老は、「優しさをこめて十字を切った」。リーズは「いきなりその手を自分の目に押し当て、泣き崩れた」。長老は、自分のところにアリョーシャが来てくれないと泣くリーズに、「かならず行かせますよ」と約束した。【⇒第2編:場違いな会合4 信仰心の薄い貴婦人】

 

 リーズ:「小さいときから、ずっと好きでした」

 アリョーシャに熱烈なラブレターを書いた。「だれにも内緒でこの手紙を書いています」「大好きなアリョーシャ、あなたを愛しています。小さいときから、ずっと好きでした」「わたしの秘密はもうあなたの手に握られてしまいました」「わたし、とうとうラブレターを書いてしまいました。ああ、なんてことをしてしまったのかしら! アリョーシャどうか軽蔑しないでくださいね」「わたしの評判は、もしかしたら永久に地に落ちてしまったのかもしれません」。この手紙のおかげで、長老の死とドミートリーの破滅が迫っている中、アリョーシャは、幸せに包まれた。【⇒第3編:女好きな男ども10 もうひとつ、地に落ちた評判】

 

 リーズ:「ママ、もういいから、はやく向こうに連れてって、この人、お化けよ!」

 アリョーシャが来るのが待ち遠しくて、一晩中ずっと寝付けなかった。アリョーシャが来るのを、ユーリアに見張らせていた。最初は、隣の部屋の隙間からアリョーシャに話しかけていたが、アリョーシャの指のケガがひどいことに動転して、思い切りドアを開け放って、「さあ、お入りなさい、こっちにおはいりなさいったら!」と叫んだ。親子で大騒ぎしているが、「ママが行ってユーリアをせっついてちょうだい。いつもどこかで油売ってて、呼んでもすぐに来たためしがないんだから!」。

 リーズの狙いはアリョーシャと二人きりになることだ。ようやく二人きりになって、手紙を返してほしいと言うと、アリョーシャがもってきてないととぼける。「手紙はそのポッケのなかにあります」とズバリと当てて見せたが、アリョーシャは、なおもとぼけた。リーズは、恥ずかしがって、「侮辱なさってるのね!」「すごく笑ったんでしょう?」と言ったが、アリョーシャは「ぼくたち結婚するんですよ」と言う。恥ずかしがって、「あんなばかな冗談を真に受けて、急にそんな変なことを言いだすんですもの!」と言っていると、ママが帰って来た。

 「ほら、ユーリアなんかもう、お氷を持ってきた!」。ひとしきり恐水病とゲルツェンシトゥーベのことで、母娘で大騒ぎした。アリョーシャが行こうとすると、「まあ! じゃあ、行ってしまうの? そうなの? そうなの?」と聞き、「よかったらあと五分でも」とつぶやくと、「五分でもですって! ママ、もういいから、はやく向こうに連れてって、この人、お化けよ!」と言った。【⇒第4編:錯乱4 ホフラコーワ家で】

 

 リーズ:「どうして、天使のお仲間入りなんかさせられたの?」

 母が、アリョーシャは天使のようにふるまったと言うので、ドアの向こうから、「ママ、ママはその人を堕落させてだめにするつもり」「ママ、ママったら、わたしを本当に殺す気なのね。なんども質問しているのに、なんにも答えてくれないじゃないの」と不満そうだ。小間使いのユーリアが駆け込んできて、カテリーナがヒステリーを起こしたと告げると、「ママ、ヒステリーを起こすのはわたし、あの人じゃないわ!」と、母娘のどたばたがくり広げられる。アリョーシャは出て行く前に、リーズの部屋のドアを開けようとしたが、リーズは「絶対にダメ!」と叫び、「そのままドアごしに話して! どうして、天使のお仲間入りなんかさせられたの? わたしが聞きたいのはそれだけ」。アリョーシャは、「恐ろしくばかなことをしたせいなんです」「ぼくは死ぬほど悲しいんです!」と言って、駆け出した。【⇒第4編:錯乱5 客間での錯乱】

 

 リーズ:「かわいそうな人にたいする軽蔑のようなものってまじってないかしら」

 アリョーシャが帰ったあと、アリョーシャをからかいすぎたと目に涙をためて後悔していたらしい(ラブレターがはずかしい)。アリョーシャの「あたしのいちばん大事な幼なじみ」だとも言っていた。「ほうら、あんたがあんなにいじめたアレクセイさん、ここにお連れしましたよ」と母に案内されて、アリョーシャが部屋に現れると、「ばつが悪そうに彼を見上げ、みるみる顔をまっかにした」。そして、恥ずかしいことがあるときのいつもの癖で、「まるで無関係なことをやたら早口で話し始めた」。そして、アリョーシャがそっぽを向いてばかりいるのを見て、リーズも「どうやら彼も何か無関係なことを話そうとつとめているらしいこと」に、はっきり気づいた。すぐにアリョーシャの話に夢中になったリーズは、「ふいにまた二年前のモスクワ時代に舞いもどったような気分になった」。

 アリョーシャが二等大尉の心の中をあれこれ穿鑿するので、「かわいそうな人にたいする軽蔑のようなものってまじってないかしら」と心配するが、アリョーシャは軽蔑ではないときっぱりと言い切った。それを受けて、「ときどき知ったかぶりするみたいなところがある」けど、「ぜんぜん知ったかぶりじゃなかったのね」と言った。

 

 リーズ:「機能のあの手紙、冗談じゃなく、本気で書いたの……」

 「ねえ、ドアのところへいってちょっと見てくださらない。こっそりドアをあけてみて、ママが立ち聞きしてないか」と神経質そうにささやき、だいじょうぶだとアリョーシャが答えると、顔をますます赤くして、「昨日のあの手紙、冗談じゃなく、本気で書いたの……」と告白し、「とつぜんアリョーシャの手をつかみ、三度、はげしくキスをした」。そして、両想いであることを確認して、手を握ったまま幸せそうな目で見つめるリーズの唇に、アリョーシャはキスをした(物語の中盤には、ドミートリーがグルーシェニカにキスをする場面、物語の最後には死んだイリューシャの唇に姉のニーナがキスをする場面がある)。二人はその後、幸せな時間をすごしたのだが、全部、ホフラコーワ夫人にドアの外で盗み聞きされており、こっそり帰ろうとしたアリョーシャはあとで怒られてしまった。【⇒第5編:プロとコントラ1 婚約】