ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』人物事典103(113人目)

 

 

~ラキーチン(後半)~

 

 3日目

 ラキーチン:「シャンパンなんて、そうはちょくちょく飲めないからな」

 約束通り、アリョーシャをグルーシェニカのところへ連れて行ったのだが、「それにしても、まあ、こんなときにお連れするなんて!」と不満そうな様子をされて、「ひょっとして、まずかったかな」とむっとした。アリョーシャの膝にグルーシェニカが乗るのを、「いやらしい目で見守っていた」。「シャンパンを出してくれないか」とグルーシェニカに言う。グルーシェニカも、「アリョーシャ、あなたをここに連れてきてくれたらその引き換えに、まずはシャンパンをおごるって約束してたんですもの」と言い、フェーニャに用意させた。ラキーチンは「シャンパンなんて、そうはちょくちょく飲めないからな」と舌なめずりし、アリョーシャにもすすめる。アリョーシャは一口だけ飲むと、「いや、これ以上はやめときます!」とほほえんだ。グルーシェニカもやめておくと言うので、「やけにしおらしいんだねえ!」とからかった。

 

 ラキーチン:「なんだって君たちを好きになる必要がある?」

 ゾシマ長老が亡くなったと知らせると、グルーシェニカはアリョーシャの膝から飛び降りて十字を切る。そして、アリョーシャが「アグラフェーナさん、あなたがいま、ぼくの心を甦らせてくれました」と言い出すので「おいおい、それじゃまるで、彼女が君の救い主ってことになるぞ!」「あれは頭の病院でも迷いこんだか?」と茶々を入れる。ラキーチンは、二人の間に「今まさにすべてが合致し、人の一生にそうざらにない心を揺り動かすような事態が生じていることに気づいてもよかった」のだが、エゴイストなので、気づくことができなかった。

 グルーシェニカが、二十五ルーブルと引き換えに、アリョーシャを連れて来る約束をしていたことを白状し、ラキーチンに二十五ルーブル投げつけた。あとでこっそりもらえると思っていたラキーチンは、「そんなばかな! そんなばかな!」とうろたえたように叫び、「あたり前さ、断るもんか」と、恥ずかしさを押し隠そうとして強がって見せた。「黙っておいで。あんたはわたしたちのことが好きじゃないんだ」と言われ、「なんだって君たちを好きになる必要がある?」と憎しみを隠そうとせず、食ってかかるが、アリョーシャの手前、恥ずかしくて仕方がなかった。そして、人は何かがあって愛するものだと言うラキーチンに、グルーシェニカは、「何かがなくたって愛するのよ、アリョーシャの愛し方ってそういうものでしょう」と言った。ラキーチンがそろそろ帰る時間だと言って、「こいつを君のところに泊めるわけにはいかないかな?」などと言うので、「おだまりこの悪党!」と散々だった。

 

 ラキーチン:「悪魔に食われちまうがいいのさ!」

 グルーシェニカが、ドミートリーに、たった一時間だけ愛したことがあった、その一時間を一生忘れないでほしいと伝言したのを聞いて、「ドミートリー兄さんのことをばっさりやったあとで、それでも自分のことを一生忘れるな、か。なんともまあ、とんだ食わせ物だよ!」とこぼしている。そして、グルーシェニカが寝室へと下がったあと、あのポーランド人は、いまでは将校でもなんでもなく、失職しており、グルーシェニカが金をためこんでいるという噂を聞きつけて、戻って来たのだと、アリョーシャに言った。アリョーシャに、「二十五ルーブルのことでおれを軽蔑してるんだろう? 心の友を売ったとでもいいたいんだな」と問うと、「そうそう、ラキーチン、ぼくはそんなこと、まるきり忘れていたよ」と言われてしまった。そして、「君が自分からわざわざそういったんで、思い出した……」と言うので、すっかり頭に血が上って、「きみたちひとまとめでも、一人ずつでも、悪魔に食われちまうがいいのさ!」とわめいて、一人でべつの通りに曲がってしまった。【⇒第2部 第7編:アリョーシャ3 一本の葱】

 

 その後

 コーリャに影響を与えている。【⇒第10編:少年たち3:生徒たち】

 コーリャは、ラキーチンの影響で、アリョーシャに「あなたが求めているのは、服従と神秘主義でしょう」などと言うようになってしまった。そして、コーリャは、「いったいどこのおばかさんとつきあってきたんです?」とからかわれた。コーリャは、「ラキーチン氏とは、かなり頻繁に意見がぶつかるんですから」と一蹴した。【⇒第10編:少年たち6:早熟】

 

 ドミートリーのところからの帰り際、アリョーシャとすれ違った。眉をひそめて、目をそらした。フョードル殺しを記事に書いて文壇に打って出るために、ドミートリーのところに通っている。「彼は殺さざるをえなかった。環境に蝕まれていたのである」という方向へと持っていきたい。「社会主義の色を出すんだとさ」「やつは何と言っても豚だしな!」。ラキーチンは、神を毛嫌いしているくせに、それを押し隠している。神は、人類がつくった人工的な観念にすぎないと考えている。ドミートリーが、神も来世もないのなら、イワンが言ったように、「何もかもが許されちまうじゃないか」と問うと、へらへら笑いながら、「賢い人間は何をしたっていいんですよ。賢い人間というのは、うまく立ち回れますからね」と答えた。

 ドミートリーに、「きみはたった三千ルーブルのせいでどつぼにはまったけど、自分はホフラコーワから十五万ルーブルをふんだくってやりますよ」と息巻いた。そして、「あの女、若いころからりこうじゃなかったが、四十になったらすっかり頭がいかれちまった」「たしかにかなりセンチですからね、そこにねらいをつけて仕留めるってわけです」と大見得を切った。「もうすぐ落ちる」と、うれしくて顔を輝かしていたのだが、ペルホーチンの登場で、いきなりお払い箱になった。その仕返しに、ホフラコーワ夫人がドミートリーの愛人だったという記事を『風聞』に書いた。【⇒第11編:イワン4:賛歌と秘密】

 

 公判当日

 証言台では、この犯罪の悲劇性を農奴制の、またそれにとってかわるべき体制を持てずに苦悩し、無秩序にはまりこんでいるロシアの古い生活習慣の産物であるという自説を開陳した。「この裁判をきっかけに、ラキーチン氏ははじめてみずからの実力を発揮し、広く世に知れ渡るに至った」。しかし、若気の至りから、グルーシェニカのことを「サムソーノフの囲い者」などと口をすべらせてしまった。これをフェチュコーヴィチは見逃さなかった。

 「『今は亡きゾシマ長老の生涯』という冊子をお書きになったラキーチン氏ご本人でおられるわけですね。あれはじつに深い、宗教的考えに満ちた冊子でしたね」と言われて、ふいにうろたえて、羞恥さえのぞかせた。さらに、グルーシェニカに「僧服姿で(アリョーシャを)連れてくれば、お礼として二十五ルーブル払うと約束なさったそうですね」と問われ、「ジョークですよ……あとで返すつもり」と、ドミートリーのような言い訳をしたが、「ということは、受け取られた。しかしまだ返しておられない、今の今まで……それとも返されたんでしょうか?」と追いつめられた。

 フェチュコーヴィチは、「どうです、これがあなた方の気高い告発者の正体なんですよ」と言わんばかりに、メンツをつぶされて退場するラキーチンを目で追った。ドミートリーが、「やつは、被告のおれからも、金を借りていきやがった! 見下げはてたベルナール野郎だよ、あの出世主義者、神さまなど信じているもんか、死んだ長老までだましやがって!」と叫んで、「ラキーチン氏の息の根はとめられた」。【⇒第12編:誤審2:危険な証人たち】

 グルーシェニカに、「だってわたしの従兄弟ですもの。わたしの母と彼の母は姉妹なんです。でも彼は、従兄弟であることをだれにも言わないでくれって、ずっとわたしに頼んでいました。わたしのことをひどく恥と思っていましたから」と明かされて、真っ赤になった。「ラキーチンのさっきの演説も、その高邁な内容も、農奴制やロシアにおける公民権の不備に対する攻撃も、ここにきてついに傍聴人の意見の中で完全に抹殺され、破棄されてしまった」。【⇒第12編:誤審4:幸運の女神がミーチャに微笑みかけた】

  ドミートリーへの面会を求めたが、断られた。【エピローグ:2一瞬、嘘が真実になった】