ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』人物事典102(113人目)

 

~ラキーチン(前半)~

 

 性格など

 神学校を出た二十二・三歳の見習い僧。どういうわけか修道院で手厚い庇護を受けている。いたるところにコネがある。町の生き字引。ひどく落ちつきのない、ねたみ深い心の持ち主。イワンの予想では、近い将来、修道院長になる出世の道に飽き足らず、ペテルブルグに出て、十年くらい論文を書いて、雑誌を乗っとり、社会主義的色合いでリベラル派の無神論がかった雑誌を出版して、やがてペテルブルグに豪勢なビルを建てる。「場違いな会合」では、ずっと部屋の際に立っていた。【⇒第2編:場違いな会合2 老いぼれ道化】

 

 場違いな会合

 ずっと同じ場所に立ったまま、きらきらと目を輝かせながら、アリョーシャと同じように興奮して、イワンたちの議論を聞いている。【⇒第2編:場違いな会合6 どうしてこんな男が生きているんだ!】

 僧庵から修道院へと向かうアリョーシャを待ち受けていた。そして、ゾシマ長老の「額をごつん」が何の予言だったのかを、アリョーシャに聞く。長老は、アリョーシャに「ごつん」の意味を教えてなかった。ラキーチンは、犯罪がドミートリーとフョードルの間で持ち上がったときに、「ああ、あれは長老様が予言されたことだ。」と言わせるために、わざと仕組んだのだろうと主張する。アリョーシャもまた、父と兄の間で殺人が起きることを考えたことがあると答える。

 

 ラキーチン:「きみだってカラマーゾフだろう!」

 ラキーチンは、狂言回しになって、人物紹介をしてくれる。

 ドミートリーについては、「ものすごく高潔でも女好きな男には、越えてはいけない一線があるんだよ。もしもそうでなきゃ、あの人は親父をぐさりとやりかねない」。

 フョードルについては、「飲んだくれで、抑えのきかない道楽人で、節度なんてものは一度だって理解したことがない人間」。

 「でもアリョーシャ、ぼくもきみにだけは驚くよ。どうしてきみは、そうもうぶなんだ? きみだってカラマーゾフだろう!」と問う。グルーシェニカのことを兄は軽蔑しているのだと言うアリョーシャに対しては、「軽蔑が、なんかの足しになるわけじゃないんだ」と答えると、アリョーシャも「それはぼくにもわかる」と口をすべらす。勢いづいたラキーチンは、「きみはやっぱりカラマーゾフなんだな、正真正銘、カラマーゾフなんだ」と言った。そして、イワンについては、「彼もまたカラマーゾフなんだよ」と言い、カラマーゾフ一家の問題として、「女好き、金儲け、神がかり」の三つに根っこがあると結論付けた。

 ラキーチンがイワンを敵視する様子を見せるので、アリョーシャは「きみはイワンが嫌いなんだね」と言うと、ラキーチンは悪意をにじませ、唇をゆがませ、「彼の論文なんて、お笑い草だし、ばかげたもんだよ。」と答える。そして、熱くなって、「彼の思想全体が卑劣なんだ!」「人類ってのはね、たとえ霊魂の不滅なんて信じなくたって、善のために生きる力くらい、自分で自分のなかに見つけるもんなのさ!」と続けた。

 ふと我に返るラキーチンに、アリョーシャは「カテリーナさんに関心がある」から、イワンに嫉妬していると言う(ミスリード)。ラキーチンもそうだと認めつつ、「せっかく向こうから悪口を言ってくれているんだ。それならぼくにだって、彼の悪口を言う権利があるはずだよ」とも言う。イワンがラキーチンの未来(ペテルブルグで雑誌斜を乗っ取り、ビルを建てる)を予言したのに腹を立てているのだ。アリョーシャは「それならそっくりそのまま実現するかもしれないよ、一言一句たがわずにね!」とからかう。ラキーチンは、そのイワンの話を、ドミートリーがグルーシェニカの家でしゃべっていたのを、隣の部屋で盗み聞きしていた。

 アリョーシャが、グルーシェニカは親戚だったものね……と言うと、ラキーチンは顔を真っ赤にして、おそろしく腹を立てた。修道院につくと、「あれ! あれはいったいなんだ、どうしたんだ? 遅刻したかな。あんなに早く食費が終わるはずないぞ。それともカラマーゾフのやつら、あそこでまたなにかやらかしたのか?」。【⇒第2編:場違いな会合7 出世志向の神学生】

 がまんできず、それなりにコネのある修道院長の調理場をわざわざのぞいて、昼食会のメニューを見て来た。ラキーチンが軽薄な人物であることが、語り手の口から明らかにされる。【⇒第2編:場違いな会合8 大醜態】

 

 2日目

 フョードルの隣家の娘が、窮乏しているのに自分の衣装は売ろうとせず、「やたら長い引き裾がついた衣装」をもっていることを知っている。【⇒第3編:女好きな男ども3 熱い心の告白――詩】

 庵室で長老の説教を聞いていたアリョーシャに、ホフラコーワ夫人の手紙を渡した。同時に、パイーシー神父にも同じ話をした。イルクーツクに行ったきり帰ってこないプロホロヴナの息子ワーシャが、手紙をよこしたという話である。【⇒第4編:錯乱1 フェラポンド神父】

 

 3日目

 うろちょろしている彼の姿に、パイーシー神父は、「精神的に強い嫌悪」を覚えた。ラキーチンは、「すさまじい好奇心の虜となった」ホフラコーワ夫人の特別の使いとして、ほぼ三十分ごとに書面で報告している。【⇒第2部 第7編:アリョーシャ1 腐臭】

 

 3日目夕方

 ラキーチン:「君は、なに、君のあのじいさんが悪臭を放っただけで、そんななのかい?」

 二時間以上も探して、ようやく木陰につっぷしているアリョーシャを発見する。アリョーシャの表情には苦しみの色といらだちが見て取れた。「君は、なに、君のあのじいさんが悪臭を放っただけで、そんななのかい?」「それじゃ、君もついに自分の神さまに腹を立てて、反逆したってわけだ」と有頂天になるラキーチンに、アリョーシャは「ぼくはべつに、自分の神さまに反乱を起こしてるわけじゃない、ただ『神が創った世界を認めない』だけさ」と言う。「わけがわからん!」と言って話を変え、ろくに食事をとっていないだろうと、サラミをすすめると、食べると言う。ウォッカもすすめると、「ウォッカもいこう」と言う。ラキーチンは、「じゃあ、グルーシェニカのところはどうだ、え? 行くかい?」とそそのかすと、「グルーシェニカのところへ行きましょう」とアリョーシャは穏やかに答える。ラキーチンがグルーシェニカのところへ連れて行く狙いは、「心義しい人の恥辱」と「聖人から罪人へ」というアリョーシャの「堕落」ぶりをこの目で見たかったからだ。彼はその期待に酔っていた(もう一つ、アリョーシャを連れて来たら二十五ルーブルもらえる約束になっていたからだ)。【⇒第2部 第7編:アリョーシャ2 そのチャンスが】