ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』人物事典90(84人目)

 

~ペルホーチン(前半)~

 

 

・ペルホーチン…武器愛好家の若い独身男。役人。なかなか腹のすわった男。かなりハンサムな青年で、自分でもそのことを自覚していた。ピストルを担保にして、ドミートリーに十ルーブル貸し、利子は受け取らないと告げた。終盤の展開に不可欠な人物。【⇒第8編:ミーチャ3 金鉱】

 

 3日目夜 

 ペルホーチン:「どうして血だらけになってるんです?」

 札束を握って、ピストルを受けだしに来た血だらけのドミートリーに、「ほんとうにどうなさってんです、いま何があったんです?」「どうして血だらけになってるんです?」と鏡を見せた。そして、血だらけではあるが、けがをしていないドミートリーに、「洗い流したほうがいいですよ」と助言する。そして、お釣りがないので、百ルーブル札をプロトニコフの店で、少年ミーシャに両替させることを提案する。ドミートリーが「プロトニコフの店ね、いつは名案だ!」と言って、モークロエでの豪遊のために、ミーシャに難しい注文をさせようとするので、ミーシャのことを思って、「間違えるとたいへんですし、あなた、ご自分でいらして、注文されたほうがいいですよ」と言う。そして、血だらけのドミートリーを見て、ぽかんと口を開けてしまったミーシャを、「ミーシャ、さ、行進だ、前へ進め! 一、二!」と、わざと追い立てた。

 

 ペルホーチン:「ひょっとして、殺したんですか?」

 洗い場では、石鹸をつけて爪まで洗うことや、袖口を折り返すことなどを細かく指示する。「だれかを殴ったんです‥‥…ひょっとして、殺したんですか?」と問うが、はぐらかされる。お金の出所が心配になり、「あなた金鉱でもお持ちなんですか?」とたずねるが、ホフラコーワ夫人が「三千ルーブル、ポンと出してくれますよ」「ご自分で彼女に聞いてみるといい。彼女がこのぼくに三千ルーブルを出してくれたかどうか、ね?」と自信ありげに言うので、ひとまず信じることにする。

 

 ペルホーチン:「そのピストルの弾、自分の脳みそにかますつもりなんですか」

 三千ルーブル持ってどこへ行くのかと問うと、モークロエだと答える(前回モークロエで豪遊したのは、二等大尉と喧嘩をした直後だった)。「酔ってるのかな?」「それはなんです、ピストルに弾をこめるんですか?」「なんだってそう、弾をじろじろ見ているんです?」と立て続けに問い、「もしかしてあなた、そのピストルの弾、自分の脳みそにかますつもりなんですか」と、正解にたどりついた(ドミートリーはごまかした)。「ほんとうにだれかにこの話をして、あなたをそこへ行かせないようにしなくちゃ」と言って、「あなたはたしかに野蛮な人ですけど、どうしてかいつも、あなたのことが気に入っていたんです」と心配した。

 

 ペルホーチン:「ほんとに、だれかに言わなくちゃ」

 プロトニコフの店からもどって来たミーシャに、ドミートリーが十ルーブル渡そうとするので、「ぼくの家でそんなことしてもらっては困る。それに、子どもには悪い癖になります。」と、ぴしゃりと断った。「ひとつなぞかけをしてあげますがね」と言って、「全人生に対して自分を処刑する、ぼくの全人生を処刑する」と書いた紙を見せるので、「ほんとに、だれかに言わなくちゃ、いますぐ行って話してこなくちゃ」とあわてている。

 

 ペルホーチン:「どうも、あなたのピストルが目の前にちらついてしかたがないんです」

 プロトニコフの店では、ペルホーチンは「もうほとんど腹を立てんばかり」で、値引きをしたり領収書を要求したりして、百ルーブル節約し、三百ルーブルで折り合った。その後、「濡れ手で粟の金なら、勝手にばらまきゃあいいんだ!」と、ふと我に返って叫んでいる。ドミートリーが、「ぼくの一生は無秩序そのものだったから、秩序をものにしなくては」などと言うので、「どうも、あなたのピストルが目の前にちらついてしかたがないんです」と心配する。「ピストルもくだらない! 飲めよ、夢を見ずにな。ぼくは人生を愛している、愛しすぎるくらい愛しちまった。人生のために乾杯しましょう!」と言って、ちょうど店に入って来たミーシャにも一杯飲んでくれと言うので、「なんだってあんな子どもに!」とペルホーチンはいらいらして叫んだ。ミーシャは、コップを一気に飲み干すと、お辞儀をして駆け出した。

 

 ペルホーチン:「そういう君はどうなんです」

 その後、「君はこれまでに何かものを盗んだことがありますか?」と聞くので、「おふくろの二十コペイカ銀貨を盗んだことがありましたね、九つのときでした」「三日間、とっておいたんですがね、恥ずかしくなって白状し、返しました」「まあ、当然ですが折檻されましたよ」と答える。ペルホーチンが、「そういう君はどうなんです」と問うと、ドミートリーは「ありますよ」と言って、ずるそうにウィンクし、「おふくろの二十コペイカ銀貨をね、九つのときですが、三日後に返しましたよ」と、からかった。

 

 ペルホーチン:「ドミートリー君、君も人間なら、さあ、ピストルをこっちに寄こしなさい」

 出発しようとするドミートリーの前に、フェーニャが現れ、「旦那さま、ドミートリーさま、お願いですから、どうか奥様を殺さないでくださいまし!」「ドミートリーさま、あの人たちの人生を、どうか壊さないでくださいまし!」と叫んだのを聞いて、「これですっかり読めたぞ、ドミートリー君、君も人間なら、さあ、ピストルをこっちに寄こしなさい」と大声で叫ぶが、はぐらかされ、「それじゃ、またな、ペルホーチン君! 君には別れの涙を送るよ!」と、去って行った。酔ってるわけでもないのに、くだらんせりふを並べて!と思いながら見送り、料理屋「都」に向かって歩き出した。「いいやつなのに、根がバカときてるからな」とひとりごちながら、「ピストル」「身をひく」「処刑します」「気分酔ってる」「血だらけ」のことをいまいましく思った。