ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』人物事典88(78人目)

 

~フョードル・カラマーゾフ(会合)~

 

 

 フョードル:「フォン・ゾーンに似てますな」

 財産をめぐるドミートリーとの仲たがいが限界に達していたので、フョードルが先手をうって、ゾシマ長老の庵室に家族全員で集まることを、半ば冗談で提案した。アリョーシャは、父が道化役を演じてみせようとしているのではないかと、心配している。【⇒第1編:ある家族の物語5 長老たち】

 庵室の会合へは、イワンと辻馬車に乗って出かける。声をかけてきた地主のマクシーモフのことを、「フォン・ゾーンに似てますな」と言う。その後、下品な冗談を言って、ミウーソフをいらだたせている。【⇒第2編:場違いな会合1 修道院にやってきた】

 

 フョードル:「あなたがいまご覧になっているのは、道化、ほんものの道化でございます!」

 庵室に入ると、さっそくミウーソフのあいさつの猿真似をして、からかっている。会合が始まるとすぐ、「あなたがいま御覧になっているのは、道化、ほんものの道化でございます!」と言い、警察署長にだじゃれを言って仕事がおじゃんになった話をする。さらに、ディドロの洗礼の作り話をして、ミウーソフを怒らせる。長老に、「大切なのは、あまり自分を恥ずかしく思わないことです」と言われると、感極まったように、「永遠の運命を受けついでいくには、どうしたらよいのでしょう?」と問う。「どうしたらよいかは、とうの昔からご存じのはずです」「大切なのは自分に嘘をつかないことです」とアドバイスを受けた。そして、「自分に嘘をつくものは、他のだれよりも腹を立てやすい。なにしろ、腹を立てると言うのは、時としてたいそう愉快なものですからね」と言われたときには、それに激しく同意しつつ、「殉教者列伝の話(聖人が迫害されて、首を切られたあと、立ち上がって首を拾い上げ、「いとおしげに接吻した」という話)」を始める。そんな話は実際には存在しないと言われると、「ミウーソフさん」がその話をしたのだ、そのせいで信仰がゆらいだのだと言って、ミウーソフを怒らせる。中座する長老は、「それからあなた、やはり嘘はいけませんよ」とにこやかに言う。フョードルは、庵室を出る長老にすがりつき、「あなたは表彰状ものです」「これでもうしゃべるのはやめます」と言った。【⇒第2編:場違いな会合2 老いぼれ道化】

 約束通りおとなしくしていた。ミウーソフをちょっとからかうことはあったが……。【⇒第2編:場違いな会合5 アーメン! アーメン】

 

 フョードル:「決闘だ!」

 遅れてやってきたドミートリーが、フョードルに向ってお辞儀をしたので、椅子からひょいと立ち上がり、同じように深いお辞儀を返した。しかし、フョードルの顔は急にけわしくなり、敵意を含んだ表情がはっきり現れた。イワンと長老のやり取りのあと、いきなり立ち上がって、シラーの『群盗』の登場人物になぞらえ、イワンをカール・モール、ドミートリーをフランツ・モール、自分をフォン・モールだと言って、長老の予言を求めた。長老は疲れ果てた声で、「ばかなことをおっしゃらず、ご自分の家族をはずかしめるようなことも、おやめなさい」と諭した。ドミートリーが「愚にもつかない喜劇さ」と声を荒げ、「親父にはいつだって下心があるんです。でもそれが何のためか、わかった気がする」と言う。

 フョードルは、自分が子どもらの金を隠して、全額自分のものにしたとドミートリーは非難するが、ドミートリーの方こそ、自分に借金があるのだと攻撃する。そして、ドミートリーが、大佐の令嬢(カテリーナ)にプロポーズして、令嬢はフィアンセとしてこの町に来ているにもかかわらず、淫売(グルーシェニカ)に夢中であると暴露した。さらに、二等大尉のあごひげを引っ掴んで引きずりまわした話も暴露した。

 腹を立てたドミートリーは、フョードルが、「品行怪しいおんなのことで父親が息子に嫉妬して、その淫売とぐるになって息子を監獄にぶちこんでしまおう」としているのだと暴露した。すると、フョードルは、「決闘だ!」とわめきちらし、ミウーソフには、「あなたの一門には、あなたが淫売と呼んだ女性より気高く上品な女性はいない」、ドミートリーには「自分のフィアンセから淫売に乗り換えた」と、それぞれ侮辱した。そして、「どうして、こんな男が生きているんだ!」とドミートリーが言うと、「聞きましたか、修道士のみなさん、父親殺しの言い分」と、今度はヨシフ神父に食ってかかる。フョードルが、キリストが赦したのはたくさん愛した女性だと言と、神父はそういう意味の愛ではないと反論するが、フョードルも、いや、そういう愛だと言ってゆずらない。

 

 フョードル:「あんなことしでかしたあとに、どんな面さげて行けるっていうんです!」

 このどたばた劇は、長老がドミートリーの足元にひざまずいて、「お赦しください! すべてお赦しください!」と周囲の客人に会釈しながら言い、ドミートリーが「ああっ!」と叫んで庵室を出ていったことで、唐突に幕切れを迎えた。庵室から出た後、フョードルはミウーソフをひとしきりからかい、「あんなことしでかしたあとに、どんな面さげて行けるっていうんです!」と言って、修道院長主催の食事会へは行かないことを告げて去って行った。いまいましいやつめと、去って行くフョードルを見送るミウーソフに、投げキスしている。【⇒第2編:場違いな会合6 どうしてこんな男が生きているんだ!】

 

 フョードル:「死者が甦ったというわけですよ。そうだな、フォン・ゾーン!」

 昼食会へは参加しないつもりだったが、今さら名誉回復なんて無理な話だから、とことん嫌がらせをしてやろうと思い直して、食堂に現れた。「みなさんはどうやら、このわたしがてっきり帰ったとお思いのようですが、このとおり、ちゃんとここにおりますよ!」と叫んだ。修道院長が「愛と親族の睦みにて結ばれますように」と言うと、「親族」という言葉にわれを忘れたミウーソフは、「とても無理です!」と叫んだ。「ミウーソフさん、お帰りなさい。わたしも帰りますから。もしお残りになるのなら、わたしも残ります」とからかう。マクシーモフには、「フォン・ゾーン」と呼びかける。「死者が甦ったというわけですよ。そうだな、フォン・ゾーン」。道化芝居にたえきれず、ミウーソフが帰ろうとすると、「いいや、お待ちなさい!わたしに最後までやらせてください」と言って、修道院で、「みんながいっせいにひざまずいて声にだして懺悔している」ことを非難し始めるが、そもそも声に出して懺悔すること自体が、ただのでまかせの話だった。たわごとに耐えきれず、ミウーソフが「なんて下劣なんだ!」と腹を立てる。修道院長は大人の対応をするが、フョードルは「ちぇっ、これだもんな! 偽善だね。」と言い、「他人さまのパンをあてにして修道院に引きこもり、天国でのご褒美を期待するのはやめて、俗世で善行にはげみ、社会のためになることをやってください」「あなたがたはね、民衆の生き血を吸ってるんだよ!」と言う。そして、アリョーシャを「父親の権利で今日から永久に引き取らせてもらいます!」と叫び、イワンを連れて食堂を出ようとする。さらに、「フォン・ゾーン、なんの用事があってこんなところに居残っている!」と、マクシーモフを家に誘う。

 

 フョードル:「今日中にすっかり引っ越して来るんだぞ」

 食堂へとラキーチンと向かって歩いてくるアリョーシャに気づき、「今日中にすっかり引っ越して来るんだぞ」と言った。馬車に乗ろうとすると、マクシーモフが嬉々として走って来て、「わたしも、わたしもご一緒します!」と言う。「ほうれ、言わんこっちゃない!」「これぞ死者の国からよみがえった正真正銘のフォン・ゾーンだ!」と得意満面のフョードルだったが、イワンはマクシーモフを突き飛ばして、馭者に馬車を出させた。「ったく、おまえってやつは!」と言ってしばらく沈黙した後、「今度の修道院の会」が、イワンの計画だったことを明かす。【⇒第2編:場違いな会合8 大醜態】