ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』人物事典77(58人目)

 

~トリフオーン~

 

 

・トリフォーン…モークロエの宿屋の主。みるからに健康そうな百姓。男やもめ。娘四人が宿の仕事を手伝っている。うま味が引き出せそうだと嗅ぎつけると、卑屈になれる才能をもっている。百姓の半数以上が、この男の毒牙にかかり、みんな借金で首が回らなくなっている。寝室に引き上げようとしていたところ、鈴を鳴らしながら威勢よく馬車を乗り付ける音が聞こえたので、表階段から顔を出すと、ドミートリーだった。前回のモークロエ豪遊でも、二百ルーブルあまりを巻き上げたことを覚えていたので、またもや獲物の臭いをかぎつけて、彼の出迎えにやって来たのだった。

 

 3日目の深夜

 トリフォーン:「あんた、インチキのカードを使ったんだ」

 ドミートリーが、村の娘たちを呼んで来いと言うので、口先だけのお世辞を言いつつ、まずはご希望どおり、グルーシェニカのいる「空色の間」の隣室に案内した。【⇒第8編:ミーチャ6 おれさまのお通りだ!】

 新しいトランプを持ってくるようにドミートリーに言われ、村の娘の集まり具合などを伝える。村の娘たちが歌い始めると、ヴルブレフスキー(まぎれもない昔の男のおとも)が、「主人、あの恥知らずどもを追っ払ってくれ!」と吼えるように叫ぶ。トリフォーンは、「おまえさん、なにをそう吼えてるんだい?」と無礼な口調で挑発する。「豚どもめ!」とどなるヴルブレフスキーに、「豚どもだと? じゃあ言うが、あんたはさっきどういうカードを使った? おれが出したカード、あんた、どっかに隠しただろう! あんた、インチキのカードを使ったんだ! そのインチキなカードを訴えようと思えば、あんたなんかシベリア送りにできるんだぞ」と、ソファの背もたれとクッションの間から、まだ封を切られていないカードを取り出した。ここがトリフォーンの唯一の見せ場だった。【⇒第8編:ミーチャ7 まぎれもない昔の男】

 どんちゃん騒ぎのさなか、いまにも札束を配り出しそうなドミートリーのあとをついてまわり、彼を守ろうとした。そして、自分なりに、利害をするどい目で監視し続けた。「しらみだらけの連中ですよ、ドミートリーの旦那」「あんなやつら、わたしなら、次から次へとひざ蹴りをくわせ、それさえありがたいと思わせてやりますがね」。その後、ドミートリーと廊下でばったりでくわして、びっくりした表情を浮かべた。【⇒第8編:ミーチャ8 うわ言】

 マヴリーキーからフョードル殺害の件を知らされ、ドミートリーのピストルの入った箱を安全な場所に移動させた。ドミートリーと廊下でばったりでくわしたとき、おかしな表情をしたのは、これが理由だった。【⇒第9編:予審2:パニック】

 最初に尋問を受けた。被疑者に対するきびしいはげしい怒りの表情を浮かべ、一か月前の散財は三千ルーブルを下回ることはありえないと言った。そして、ジプシーの女たちにばらまいた金は五百ルーブルほどだと言うドミートリーに対して、千以上は使っていたと断固として言い張った。【⇒第9編:予審8 証人尋問、餓鬼】

 馬車に乗るドミートリーが、「許してください、みなさん! きみもな、トリフォーン!」と言ったが、振り返ろうともしなかった。おそらくひどく忙しかった。再度、声をかけられたときには、傲然たる態度で突っ立って、ひとことも答えなかった。【⇒第9編:予審9 ミーチャ、護送される】

 

 公判当日

 証言台では、モークロエでドミートリーがばらまいた金額が三千ルーブルを下回ったはずがないと証言して、「お上」に取り入ろうと必死に叫んだ。弁護側は、ドミートリーが玄関に落とした百ルーブルを、馭者のチモフェイと百姓アキームが拾って、トリフォーンに届けたあと、「カラマーゾフ氏に返したんですよね?」と尋問する。必死に言い逃れをして、最終的に「正直にお返ししました」と言ったが、そもそもチモフェイとアキームが証言台に立つ前は、「百ルーブルを拾った事実」そのものを否定していたため、説得力がなかった。こうして、「もっとも危険な証人の一人が、またしてもうさんくさい人物とみなされ、著しく評判を落としたまま退廷する」ことになった。【⇒第12編:誤審2:危険な証人たち】

 宿屋をすっかりぶっこわし、床板をはずしたり羽目板を探したりして、「おれがあそこに隠したって検事が言ってた千五百ルーブル」の宝探しをおっぱじめた。「あのいかさま野郎、ざまあ見やがれ!」 byドミートリー。【エピローグ:2 一瞬、嘘が真実になった】